◆ナイフで刺されてから6時間後に病院へ
その日の晩、力道山は赤坂のナイトクラブ「ニューラテンクォーター」内で暴力団員と足を踏んだ、踏まないから口論となり、もみ合いの末、ナイフで腹部を刺された。「俺はあの夜、青山のボウリング場で遊んでいたんですよ。一緒にいたのは若三杉というよくかわいがってもらっていた関脇でした。ボウリング場から合宿所まではタクシーで10分くらい。ボウリングを終えて帰ろうとすると、合宿所に上がる坂が警察によって封鎖されてたんです。なんだなんだって聞いても警察は答えてくれない。仕方なくタクシーを降りて合宿所まで歩いたら先輩たちが大騒ぎしてて。中には日本刀を持ち出して興奮している先輩もいました。あとから聞く話が多くて、何が起きてるかわからなかったんです」
事件直後のリキアパート周辺には、力道山のボディガード役だった暴力団の組員たちと、刺傷した側の暴力団の組員が事件をめぐって睨み合いを続けるという緊迫状態に陥っていた。幸いにも軽傷で済んだ力道山は、犯人が所属する暴力団の親分から直接謝罪を受けたことで騒動は収まったが、力道山が病院に向かったのは明け方の4時頃だった。応急処置が済まされていたとはいえ、ナイフで刺されてから6時間近くが経過していた。
「山王病院に入院したんですが、あそこは本来は産婦人科なんですよね。入院する病院が違うんじゃないかという話もあって。手術は無さに済んで、俺も1週間近く山王病院に通いましてね。親父がベッドの上で暴れないように足を抑えつけてないといけないんです。暴れちゃうと縫った傷口がまた開いてしまいますから。まさか親父をベッドに縛るわけにもいかないですからね」
◆暴飲暴食の都市伝説、真相は…
手術が成功したはずの力道山が急死した理由は、腹膜炎で水分厳禁だったのにサイダーや寿司などを暴飲暴食したから……とまことしやかに語られている。力道山夫人・田中敬子はその著書でそのような事実はなく「退院したらビールを飲みたい」という言葉が余計な誤解を招いたのではないかと綴っていたが、猪木もまたその噂を否定した。「そんなことはしてなかったと思いますね。親父の容態は日に日によくなっていましたから。だから死んだことは本当にビックリしたんですが……あれは亡くなる当日ですね。一緒に病院に通っていた平井選手(ミツ・ヒライ)に『もしかしたら、こういう人って死ぬ時は早いんだよなぁ』って言ったんです。彼がどう反応したかは覚えてないですけど、人間っていうのは頑丈であればあるほど、どこかに弱さがあるもんじゃないですか。
その晩、親父は亡くなってしまったんです。低血糖な人だったんですが、血圧を上げる薬がその病院になかったんですよ。別の外科病院に薬を取りに行ってる間に亡くなってしまった」

