ボルドー・プリムール2025 特別レポート右岸九景――「少収穫の当たり年」を巡る旅《後編》ポムロール/サンテミリオン 有力9シャトー訪問記

ボルドー・プリムール2025 特別レポート右岸九景――「少収穫の当たり年」を巡る旅《後編》ポムロール/サンテミリオン 有力9シャトー訪問記

8. シャトー・フィジャック――「樹液のミステリー」と三部作の完結

画像: 総支配人フレデリック・フェイ氏とオーナー代表のブランディンヌ・ド・ブリエ・マノンクールさん

総支配人フレデリック・フェイ氏とオーナー代表のブランディンヌ・ド・ブリエ・マノンクールさん

サンテミリオン北西端、ポムロールとの境界に立つフィジャックの起源は2世紀のローマ時代に遡る。現代の「フィジャック・スタイル」を決定づけたのは1947年に所有者となった故ティエリー・マノンクール。「3つの砂利の丘」という類稀なテロワールを活かしカベルネ2種を高配合する独自路線を貫き、2022年に最高位「プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ A」へ昇格した。

2025年はテロワールの「回復力」が証明された年だ。冬から春の降雨で土壌は水分を蓄え、3月20日にメルロ、30日にカベルネが芽吹いた。しかし6〜8月は一転、極端な乾燥と記録的高温に見舞われ、8月は最高44℃、40℃超が10日間続いた。だが砂利層の下の「ブルー・クレイ」が水分をゆっくり供給し危機を救った。「暑さで代謝が抑制され、樹液が非常にゆっくりになり、時間が止まったように糖分が静かに蓄積した」という分析が興味深い。樹管内に気泡が生じる「キャビテーション」が観察され、ナパやイスラエルの専門家とも意見を交わし注視した。果粒は1g以下に凝縮しつつ、pH3.64の理想的な酸度と類稀なアロマを得た。昼夜の温度差20℃も香気形成に貢献した。

画像: 左からマノンクール夫人、総支配人のフレデリック・フェイ氏、オーナー代表のブランディンヌ・ド・ブリエ・マノンクールさん

左からマノンクール夫人、総支配人のフレデリック・フェイ氏、オーナー代表のブランディンヌ・ド・ブリエ・マノンクールさん

収穫は9月1〜19日、収量は25hl/haと極めて低い。ブレンドはM38%、CF30%、CS32%、アルコール13.0%。総支配人フレデリック・フェイ氏のチームは鮮烈な香りを保つため例年より低い26℃で発酵。科学的分析と「農民の直感」が流儀だ。精神的支柱は今も庭を気にかける91歳のマノンクール夫人。1935年生まれの彼女はこの地に70年を捧げ、「人生のすべてがここにある」と語る。

取材ではボルドーを揺るがす事件も語られた。多くのシャトーを巻き込む「樽リース会社の大規模詐欺」だ。リース会社が転売代金を樽メーカーに支払わず、フィジャックも約150樽分、15万〜25万ユーロ相当が回収不能に。「長年のパートナーに裏切られた。滞りを隠し、樽を持ち去った後に計画倒産したのだ」。それでも「品質に一切妥協しない」のがトップシャトーの所以だ。

2025年のフィジャックは、2022年・2024年に続く「三部作の完結編」と称される完成度を誇る。試飲するとカシス、アールグレイの茶葉のような高貴な香りが重なる。味わいは驚くほどジューシーで重さを感じさせず、カベルネの精緻な酸とシルクのようなタンニンが中盤を引き締める。「我々はただこの地の力を信じ、ボトルに詰めるだけだ」。強さではなく「調和」の勝利――気候変動への究極の回答がここにある。

画像1: 2025年ヴィンテージ数値サマリー

2025年ヴィンテージ数値サマリー

9. シャトー・ラ・コンセイヤント――70年ぶりの伝統回帰と「光の捕捉」

画像: 10年以上シャトーの醸造チームを率いるマリエル・カゾーさん

10年以上シャトーの醸造チームを率いるマリエル・カゾーさん

1871年からニコラ家が150年以上家族経営を貫くラ・コンセイヤントは、ポムロールとサンテミリオンの境界に位置し、ペトリュスやシュヴァル・ブランに隣接する。スミレの香りとカシミアのようなタンニンの気品は「鉄の拳を包むベルベットの手袋」と評されてきた。醸造責任者マリエル・カゾーは2025年を「光を捕捉したワイン」と表現する。

シーズンは穏やかに始まり、前年多くを苦しめた霜やベト病の脅威はなかった。しかし6月中旬から一変。最高37℃を超え、8月は40℃以上の熱波が6日間続く極限の夏が来た。救ったのは「3年前からの準備」だ。2022年の酷暑を教訓に、彼女は10haで土壌構造の再構築に着手していた。堆肥化した新鮮な木材(BFR)を1haあたり50tという驚異的な量で投入。「鶏の糞も少し混ぜるが、窒素ではなく土壌構造のためよ」とユーモアを交えつつ、複雑な土壌で樹を「平穏」に保つ計算を語る。結果、極度の乾燥下でもストレスを感じさせない「鮮烈さ」を纏った。

2025年産最大のニュースが、70年ぶりとなるCSのブレンド復帰だ。若木から収穫されたカベルネは「並外れたアロマ」を持ち、最終ブレンドに3%加えられた。「かつての伝統が、新しい命として戻ってきた」と彼女は静かに強調する。最終比率はM87%、CF10%、CS3%。メルロは8月28日〜9月5日と史上最も早い部類、CSは9月5日、CFは9月17日に一気に摘まれた。

画像: オーナーのニコラ家を代表するベルトラン・ニコラ氏.。父親同様、医師として働いている

オーナーのニコラ家を代表するベルトラン・ニコラ氏.。父親同様、医師として働いている

フェノール分が極めて高い年だけに、過剰抽出こそ最大の罠だった。マリエルは自らのスタイルを「手押し車での醸造」と自嘲する。26℃の低温でゆっくり発酵させ果実の輝きを封じ込めた。結果はアルコール13.5%、pH3.66、総酸度3.5、収量30hl/ha、栽培面積10.7ha、新樽70%・残り30%は1年使用樽。「これほど密度がありながらアルコールが低いバランスは私自身も戸惑うほど」。

試飲中、アポなしで旧知のアメリカ人記者が訪れると「今VIPがいるから」と冗談めかして屋外へ促した。場を和ませる明るさと客との時間を守る態度。最新の土壌科学と70年ぶりの伝統回帰が交差する2025年は、価格規律が問われるポムロールで、150年の家族経営が培った一貫性という説得力を備えた一本だ。

画像2: 2025年ヴィンテージ数値サマリー

2025年ヴィンテージ数値サマリー

配信元: ワイン王国

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『ワイン王国』(隔月刊)は、生産者や日本を代表するソムリエの協力の下、世界のワイン情報をはじめ、現地取材による世界各国の生産地のワイン&グルメスポットや観光スポット、また食とのマリアージュ企画など、美味しくて役に立つ情報を満載しています。“おうち飲み”にうれしい1000円台&2000円台のワインを紹介する「ブラインド・テイスティング」企画は創刊号から続いている人気コーナーです。

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