◆湿地にハマって抜け出せず、思わずカメラを投げました
――撮影中に大変な思いをされたことってありますか?柳楽:あまりないんですよね。湿地にハマって抜け出せなくなったとか、それくらい。ズブズブズブッと腰の下くらいまで埋まりました。這い上がれなくなって、泥だらけになりながらカメラを投げました。
――さらっと怖いことを。釧路湿原には深い穴があって、沈んじゃうんですよね。
柳楽:「(※6)谷地眼」ですね。
――それです。湿原の落とし穴。
柳楽:あと、めちゃくちゃ近くにヒグマが来たこともあるんですけど、何もしなければ別に襲われることもないです。それよりも森の中で人に会った時のほうがびっくりする。怖いですね。
◆写真で伝えたいのは、地域の魅力と社会問題
――現在の高校では何を教えていらっしゃるんですか?柳楽:社会科ですね。地理と歴史総合、政治・経済、あと公共っていう科目をやってます。
――教員しながら撮影時間を捻出するの大変じゃないですか?
柳楽:今は釧路市に住んでいて、高校まで車で50分ぐらいかかるんですけど、釧路湿原をバーッてかすめながら走るので、途中でタンチョウとかがいるんです。天気のいい日はちょっと車を止めて30分くらい撮って、帰りも同じように30分ブラブラする。昔は日の出前に家を出て、始業前まで撮影していたけど、今はそこまでしていません。日常生活を犠牲にしてまでやることじゃないっていうか、世間一般の感覚を失ったら良くないと思って。視野が狭くなりそうなので、教員を辞めて写真だけをやるっていう考えにはならないです。
――写真を通して生徒や地域の人に何を伝えたいですか?
柳楽:こんなに素晴らしいものの価値に気づいてないのはもったいないなという気持ちになります。田舎はどこもそうかもしれませんが、「うちには何もない」ってよく言うんです。外に出て初めて気づくみたいに言われるんですけど、やっぱり一番多感な時期に地域の魅力に気づいてほしいですね。生徒が札幌や東京に出る進路選択をしても、その先で「うちの街最高だよ」って言ってもらいたいし、どこかで繋がりは持っておいてほしい。その子たちが外から地域を応援してくれたりUターンで戻ってきてくれたりしたら嬉しいです。
――地元の方からはどんな写真が人気ですか?
柳楽:釧路の方には市内の繁華街で撮ったキタキツネの写真がすごく反応いいです。

柳楽:何回か飲みに行ってる時に見かけました。ゴミとか漁っちゃうんですよね。(※7)ロードキルや餌づけの問題って北海道で結構叫ばれていて、そういう作品を撮りたいなとは思っていました。でも、暗い話題になると写真を見てもらえない。街中のキラキラしたところにキタキツネがいる写真だったら自然に興味のない人も見てくれるかも、と。
――他校から依頼を受けて出張授業をすることもあると聞きました。この写真も使ったり?
柳楽:そうですね。「CGみたい、めっちゃきれい」という感想から、問題を考え、だんだん静かになっていきますね。写真を通して地域の問題を発信するようになったのは、世界遺産・知床にある「知床自然センター」の存在が大きいです。ヒグマと人間の距離の問題を積極的に発信しているんです。ヒグマを見る人たちの車で渋滞が発生したり、餌づけされて人間に近づきすぎて最終的に駆除されるヒグマがいる現実を伝えています。なので僕も、ただきれい、かっこいいだけで終わらせない写真を撮っていきたいです。

1994年、島根県生まれ。’17年、大学を卒業後、高校教員として採用され、北海道に移住。その後、独学でカメラを学ぶ。’25年に「ネイチャーズ・ベスト・フォトグラフィー」、’26年に「ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」で入賞を果たす
(※1)エゾシカ
ニホンジカの亜種で北海道にのみ生息。本州のシカよりも体格が大きいのが特徴。一時期は乱獲で絶滅寸前となったが、保護政策により増加し、農林業への被害が深刻化している
(※2)ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー
イギリスの「ロンドン自然史博物館」が主催する写真コンテスト。歴史も古く、世界最高峰ともいわれる。柳楽さんの写真は同コンテストの「一般投票部門」で上位5作品に選ばれた
(※3)こだま
柳楽さんの写真のファンであると公言し、個展にも足を運ぶ作家。元教員という共通項もある。著書に『夫のちんぽが入らない』『けんちゃん』などがある
(※4)シマエナガ
エナガの亜種で、北海道にのみ生息。冬は白いふわふわの羽毛を生やし、その愛らしい見た目から“雪の妖精”とも呼ばれている。小さくてすばしっこいため、撮影が難しい
(※5)井上浩輝
札幌市出身の写真家で、キタキツネを中心に北海道の風景や動物を撮り続けている。代表作は「Fox Chase」
(※6)谷地眼(やちまなこ)
自然にできたつぼ形の水たまり。深いものでは3mを超える。湿原に眼が開いているように見えることから「やちまなこ」という。かつては馬の命を奪う存在として「馬殺し」とも呼ばれた
(※7)ロードキルや餌づけの問題
野生動物が道路で車に衝突して命を落とす「ロードキル」、人間と野生動物との適切な距離感を壊す「餌づけ」の問題が全国で深刻化している
取材・文/こだま 撮影/杉原洋平 構成/高石智一(本誌)
―[インタビュー連載『エッジな人々』]―
【こだま】
作家。私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作はNetflix・FODでドラマ化されるなど大きな反響を呼んだ。また、エッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞を受賞した。その他著書に『いまだ、おしまいの地』『ずっと、おしまいの地』『縁もゆかりもあったのだ』(太田出版)がある。『けんちゃん』が著者初の創作小説となる。

