◆「あ、もう先はないかも」33歳で訪れた危機

松本:なかったです。鈍感力っていうのかな。そういうのも必要だと思います(笑)。ただ33歳の時に「あ、もう先はないかも」って思ったんですよね。このままの状況で売れてなかったら、暮らしていけない。そう思った時に訪れたのが『ホリデイラブ』だったんです。
——それはたまたま、めぐりあわせで?
松本:たまたまです。でも、それまでに『城山羊の会』という山内ケンジさんプロデュースの演劇ユニットで、小劇場の舞台に出させてもらったんです。本当にいい作品で。それを見ていてくれたプロデューサーが声をかけてくれました。20代の頃は若さでなんとか仕事ができていたのですが、満席の大きい舞台でスタンディングオベーションを体験した時に、その拍手は自分に向けられた拍手ではないという現実を突きつけられて、ロンドンに留学して。そこから自分で小劇場のオーディションを受けようと思って『城山羊の会』に。
——続けていると、見ていてくれる人がいるんですね。
松本:そうですね。上手くなりたいっていう気持ちもあった。ただ、「上手くなるだけじゃないな、この世界は人間力なんだ」というのも感じていました。人間的魅力がなければ通用しない世界で、そうした魅力がなければお芝居もきっと良くないだろうって。だから演技力をつけるのはもちろんだけど、人間的な何かを身につけなくちゃいけないと思うようになったんです。十何年間ぐらいさまよい続けながら、「人間力を磨くってどういうことなんだろう」と。
◆「波」に乗ることを選んだ、あの時のこと
——いわゆるブレイク後、今度は忙殺状態だったのでは。今になって思うと無理していたなと感じる時期はありますか?松本:あります。注目されて、ものすごい仕事量をもらうことによって、まだ何かつかめていないものがあるということが仕事をしながら明確化していった。だけど、今のこの波には絶対乗らなきゃと。自分が定まってから「今いけます」って言ったところで、もうその波は来ない。だから今、求めてくれるのなら、そこに舵を切ろう、旬という波に乗ろうと。自分には限界までやるってことしかできなかったから。あの時の自分にはあれが精一杯でした。
——やはり無理してしまっていた部分もあったと。
松本:そうですね。でもこれからは自分の未熟さを、取り繕うことも嘘をつくこともなく、ここから自分がどういう生き方ができていくのかを、そのまま見せながらやっていくというのが、自分に課せられたチャレンジなのかなと思っています。

