家族の絆も崩壊。適応障害になるほど追い詰められた日々

父親の給料が大幅に減った事態を受け、専業主婦だった母親はパートで働き始めます。ところが、パートで得られる稼ぎは月14万円ほど。生活費は圧倒的に不足しました。
当時、会社員だった男性が給料のほとんどを家に入れましたが、足りず「当時まだ10代だった妹がアルバイトを始めました」と男性は振り返ります。
生活レベルは一気に落ち、食べるものもランクダウン。両親は洋服も買わずお風呂にも入らない有様で、妹は「こんな家嫌だ」と彼氏の家に泊まるようになってしまいました。
自分だけがまじめに働き、家に帰ってきたら家事をして稼ぎのほとんどを家に入れる——。そんな日々を「地獄の生活」と振り返った男性。ついには男性自身が精神的に追い詰められて適応障害になってしまいました。
当時、お金がないこと以上に「家族の絆がバラバラになったこと」が一番堪えられなかったと吐露する男性。
窓際社員にされた父親は、家に帰ると酒を飲んで会社の悪口を言い続け、母親もパート先の悪口ばかり。「結局、給料の未払いや嫌がらせが1年以上続いたのには本当に辟易した」と当時の辛すぎる状況を教えてくれました。
孤立無援の末に母が提案した解決策、父の決断は?
家族なんて見捨てて生きていこう——。そう、幾度となく考えた男性ですが、まだ18歳の妹を思い、自分が支えなければと必死に踏ん張りました。
生活苦から周囲のさまざまな人にお金の無心をしましたが、貸してくれる相手はいないばかりか、家族全員が多くの知人や親戚とのつながりを失う事態に。孤立無援で打つ手なしの現状をどうにか解決しようと、母親は父親にある提案をしました。

それは「内部告発をしない、この件は知らなかったことにする」との始末書を書いて役員に提出することでした。この提案をのんだ父親。役員や社長からはさらに「私が今回申し立てた事柄は一切うそであった」という念書まで書かされたと言います。
その結果、家族の生活は平穏を取り戻しました。それでも、もし当時の父親に声をかけられるなら「解雇になってでも内部告発をして、正しい監査、処罰を受けるべきだと言いたいです」と男性。家族を思ってした両親の行動が、今も男性に後悔を抱かせています。
