
「60歳定年」が揺らぎ始めてから約20年。昨年2025年には経過措置が終了し、65歳までの雇用確保が完全に義務化された。年金の受給開始年齢は65歳だが、65歳からすぐに“完全な年金生活”へ移る人はいまや少数派で、「年金をもらいながら働く」人が増えている。69歳の岡山さん(仮名)もその一人だ。自分と妻のバイト収入に加え、夫婦の年金を合わせれば数字上はゆとりがあるものの、本人は「足りなかったらみっともない」という思いから、日々節制に励んでいる――。ルポライター・増田明利氏の著書『今日、年金暮らしになった』(彩図社)より、60代の“生活のリアル”をみていこう。
定年後、「用務員兼守衛」として働き始めた69歳男性
氏名……岡山肇(69歳)
現住所……東京都台東区 家族構成……妻(66歳)
年金額……約18万円
その他の収入……本人:建物管理会社のパート用務員。月収約7万2000円
妻:図書館サービス会社のパート司書補助。月収約7万5000円
住居形態……持ち家(戸建て) 維持費……固定資産税約5万7000円
健康状態……本人:特に問題なし
妻:左手が腱鞘炎で通院中
有楽町駅近くのオフィスビル。地上9階、地下4階建てだが地下2階と3階は下請け会社、協力会社の詰所や連絡事務所になっている。
下請け会社のひとつである建物保全・整備会社の事務所に出勤してきた岡山さん。今日は本社の人事課の人と面談することになっている。岡山さんはこの会社で用務員兼守衛として働いており、今日の面談は70歳以降の雇用についての協議だ。
本社の担当者が到着したのは岡山さんがタイムカードに打刻した直後。
「健康診断書は確認しました。特に大きな問題はなさそうですね、健康で何よりですよ」
岡山さんの年齢は69歳10か月。会社の規定では満70歳以降も雇用継続を望む場合は会社が指定する医療機関で健康診断を受け、身体に異常、問題がないことが絶対条件になっている。
「たいていの人はひとつ、ふたつ引っ掛かるものがあるんですが岡山さんは全て良でしたよ。糖尿はないし血圧も正常、白内障もなかった。たいしたもんです」
血圧、血糖値、肝機能、腎機能などの数値は全て基準内。視力はやや落ちたが老眼が少し進行したもので大きな問題はなし。
「というわけで再来月以降も宜しく頼みます。会社としても経験のある方に残ってもらえるのはありがたい」
これで向こう1年間はやることが確保できた。少ないが収入を得ることもできる。岡山さんとしてもありがたいと思う。
趣味なし、年賀状は2人だけ…定年半年で気づいた「暇」の辛さ
岡山さんは大学卒業後まず中堅の証券会社に就職、約22年勤めたが97年の金融危機でリストラされ運送会社に転職。60歳まで勤めて定年退職を迎えたが、その後5年間は嘱託で働いて完全退職、年金生活に入った。
「リタイアしたときは、もう働かなくていいんだ、あとは気楽にやっていこうと思っていたんです。だけど半年もしないで暇を持て余しちゃってね」
若かったときから趣味は特にない、スポーツも嫌い。ボランティア的なことにも興味なし。何か始めるのも面倒で毎日がつまらなかった。
「人付き合いも狭くなります。会社関係で今も交流がある人はいない。仕事で関わった他社の人もそう。サラリーマンの交際範囲は仕事から派生したものなんだよ。だから仕事を辞めたらサヨナラ。そういうことなんですよ」
小中高校は北関東の街で過ごしたから昔の同級生のことは何も知らない。懐かしさを感じて訪れたことは皆無。大学の同級生や同期生では少し交流があった人も数人いたが、60歳頃から徐々に減ってゆき、今は年賀状が来る人が2人だけ。
「弟、妹も成人して家庭を持つと、自分たちの生活が一番だからそう密な付き合いもなくなっていく。親が健在だったときは年に4、5回の行き来があったけど、亡くなってからは冠婚葬祭、法事、病気見舞いぐらいしか顔を合わせる機会がない」
孤立しているわけではないが人恋しいと思うときがあるのだ。
「今もそうなんですが妻はずっと1日3~4時間の短時間仕事を続けていて、勤務時間帯によっては、昼間ずっとわたし1人で家にいることがある。それが嫌でね」
奥さんは自治体から業務委託された図書館サービス会社のパートさん。司書補助として区立の図書館に派遣されている。書籍、CDの貸出、返却管理、蔵書の管理などがメインだが、映画会、お話し会などの運営もアシストしているそうだ。勤務時間は8時45分~19時15分の間で3部制。1日3時間30分~4時間就労している。
「中番というのかな、12時からのシフトだと家を出るのが11時10分頃。仕事を終えて帰ってくるのが16時半辺り、その間はわたし1人でポツンとしているのよ。つまらないよ、本当に」
