
近年、NISAの普及やインフレへの危機感から、資産運用を始める人が増えています。しかしその一方で、まとまった資金を手にしたシニア世代が「退職金デビュー」で手痛い失敗をするケースがあとを絶ちません。なぜ、せっかく築いた老後資金を溶かしてしまうのでしょうか? 6月に『父が溶かした退職金』を刊行した小林篤典氏にインタビューし、投資において初心者が陥りやすい罠と、家族の立場からできるサポートについて話を伺いました。
根底にあるのは、私自身の強い「後悔」
――小林先生が今回、お父様の実話をベースにした書籍『父が溶かした退職金(上)(下)』を執筆された理由から教えてください。
小林先生(以下、小林):
根底にあるのは、私自身の強い「後悔」です。当時、私は父と離れて暮らしており、父がどのような経済状況にあるのか詳しく知りませんでした。しかし、ふと気づいたときには、父の口座の退職金は「さまざまな金融商品」に姿を変えて、大きく減ってしまっていたのです。
父はもともと、学校の教師をしていました。真面目で、人に教える立場だったからこそ、周囲からは「先生、先生」と持ち上げられていたようです。しかし、投資に関してはまったくの素人でした。
きっかけは、銀行の口座に退職金が振り込まれたことです。金融機関は退職金が入金された瞬間にそれを把握しますから、すぐに熱心な電話があり、言われるがまま窓口へ足を運び、さまざまな商品を勧められたのでしょう。父は「よくわからない」と断ることがプライドや性格的にできず、勧められるがままに購入をスタートしてしまったのだと思います。
最初は調子が良くても、相場が変わるたびに「次は、こちらの新しい商品はいかがですか?」と乗り換えを促され、売買手数料だけが膨らんでいく。本人は徐々に何が起きているのかわからなくなり、気づけば資産が激減している。そして、資産が減ると担当者も徐々に距離を置き始め、最後はほったらかしにされる……。これが、私の父の身に起きた現実でした。
投資経験のない50〜60代を狙う「企業セミナー」のワナ
――こうした失敗は、お父様に限った特殊な例なのでしょうか。
小林:
いいえ、まったくそんなことはありません。私が普段、相談をお受けするお客様の中でも非常によく見かける典型例です。
特に今の50代から60代の方々は、就労期間中に投資を学ぶ機会がほとんどありませんでした。今の若い世代は学校やメディアで投資について触れる機会がありますが、今のシニア世代は「投資経験も知識もないまま、突然まとまった大金(退職金)を手にする」という状態になります。
さらに日本には、「家庭内でお金の話を大っぴらにするものではない」という古い価値観が根強く残っています。そのため、一人で悩みを抱え込み、周囲に相談できないまま金融機関の言う通りにしてしまうのです。
最近では、定年を控えた社員向けに企業が「退職前世代向け資産形成セミナー」を開催することが増えています。しかし、企業内に専門家は少ないため、外部の金融機関に講師を丸投げしているケースが多々あります。金融機関はそこで情報を集め、退職金が入ったタイミングでアプローチをかけます。こうした構造的なリスクがあることを、多くの人は認識していません。今の円安やインフレに対する「放っておいたらお金が目減りしてしまう」という焦りも、彼らのガードをさらに下げてしまっています。
