
「老後2,000万円問題」が大きな世論を巻き起こして以降、国が推進する「貯蓄から投資へ」の風潮はかつてないほど強まっています。こうした世相を反映してか、SNSやYouTube、さらにはリアルなコミュニティでも、老後資金の勉強会、投資・資産運用の勉強会やセミナーが流行っています。今回は、詐欺、悪質商法の被害救済に注力する市川巧弁護士が、このような人の不安や願望につけ込んだ事例を紹介します。
自己啓発セミナーで意気投合した同世代の男性
翼さん(仮名/30代)は、興味本位で参加した自己啓発セミナーで、席が隣り合った太郎さん(仮名/30代)と出会います。2人は学生時代に打ち込んだサッカーの話題で意気投合。その場でLINEを交換し、日を改めて飲みに行く約束をしました。
自己啓発セミナーの翌日、翼さんは、太郎さんから「完全招待制、人数限定で、老後2,000万円問題に備える資産運用の勉強会が開催されるから、一緒に参加しないか?」とLINEで誘われます。「完全招待制」「人数限定」というプレミアム感のある響きに惹かれ、翼さんはすぐさま太郎さんに参加の返信を送りました。
後日、翼さんは太郎さんと会場の最寄り駅で待ち合わせ、駅近の貸会議室へ。そこで行われた勉強会では、講師が「サラリーマンが会社から支給される給与だけで老後資金2,000万円を備えることは困難だ」と強調し、そのうえで「副業により、給与のほかに収入を得ることを勧める」といった話をしていました。翼さんは「なるほど」と思い、50万円を支払って、副業指南のオンライン授業の受講を申し込みました。
ところが、期待していたオンライン授業の内容はひどいものだったのです。1週間に1度配信される動画では、抽象的な話ばかりが延々と続き、副業に役立つことはありませんでした。翼さんは、太郎さんに「騙されたような気分だ」と抗議。すると太郎さんは、悪びれる様子もなく、「たまたま翼に合わなかっただけだから、次は違う投資を試してみよう」と誘ってきます。
翼さんの心には「支払ってしまった50万円をなんとかして取り戻したい」という焦りが生じていました。その焦る気持ちにつけ込まれ、翼さんは太郎さんに案内されるまま、再び別の勉強会へと足を運ぶことになります。
今度の勉強会は、「必ず勝てる方法のFXで財産を形成しよう」という話でした。講師はしきりに「セオリーを押さえれば誰でも勝てる、俺のような億り人になれる。再現可能な必勝法がある」と言います。FXの知識がまったくなかった翼さんですが、話を聞いていると、なんだか自分にもできそうな気がしてきて、講師の言葉と勉強会の雰囲気に乗せられ、受講料100万円をクレジットカードローンで支払い、FX攻略法の受講を申し込んでしまいました。
必ず勝てるFX攻略講座の内容
後日、翼さんの自宅にレターパックが届きました。中身は、1本のUSB。翼さんが勢い込んでUSBをノートパソコンに挿入すると、そこに格納されていたのは、ローソク足チャートの見方などの解説が書かれた、いくつかのWordファイルでした。
早速、翼さんはネット銀行でFX口座を開設して、そのファイルに書かれた指示通りにFX投資を開始します。しかし、結果は散々なもの。まったく勝てないまま取引を繰り返し、あっという間に100万円の損をしてしまいました。
愕然とした翼さんがインターネットで検索してみると、USBに入っていた情報は、専門サイトやブログなどで誰でも無料で手に入れられる内容と大差がないことが判明します。頭にきて、深夜にもかかわらず、太郎さんに文句のLINEを送りました。しかし、太郎さんはまたしても謝るでもなく、「気持ちを切り替えて、別の方法を試してみよう」といいます。
翼さんは、太郎さんの言い草にさすがに呆れました。一方で、これまでに支払った副業授業料の50万円、FX受講料100万円、そして、FXの取引で失った100万円の損——計250万円もの損失を前に、理性は麻痺。「次こそは資産を増やせるかもしれない」と、藁にもすがる思いで、3度目のセミナーへ向かってしまったのです。
「これはもう明らかに…」
翼さんが参加したのは、いわゆる「マルチ商法(マルチレベルマーケティング)」の勧誘セミナーでした。自分の下に何人の「枝」を付けられるかで報酬が決まる、ねずみ講さながらの仕組みです。「先に始めた者が、後から始めた者を養分とし、利益を吸い上げる構造」を目の当たりにした翼さんは、ようやく自分が置かれている状況を理解しました。
太郎さんに対する怒りで、正気を失いそうになりながら、セミナー会場を後にします。家に着くなり、翼さんは太郎さんに電話を掛け、我を忘れて怒鳴りました。
「俺が払った金額のうち、いくらかはお前に流れているんだろう! いくらもらったのかいえ!」
あまりの剣幕に、太郎さんは白状しました。副業指南の講座でも、FX攻略法でも、翼さんが支払った金額の20%を紹介料として本部から受け取ったそうです。
こうして翼さんは、老後資金2,000万円を貯めるどころか、わずか数ヵ月のあいだに250万円もの大金を失う結果となりました。残ったのは、クレジットカードの債務と、太郎さんに対する恨みだけです。
