
厚生労働省の「令和6年(2024年)人口動態統計」によると、同年の離婚件数は18万5,895組に上り、前年より増加しています。そのなかでも特筆すべきは、同居期間が「20年以上」となる夫婦の離婚が4万686組に達し、離婚全体の約2割(21.9%)を占めている点です。長年連れ添った夫婦が、子育ての終わりやライフステージの変化を機に別の道を歩む「熟年離婚」は、現代において珍しい選択ではありません。※事例の人物名はすべて仮名です。
いつもズレている夫
トオルさん(54歳)が妻のミツコさん(52歳)と結婚したのは、29歳のときです。間もなくして長女が誕生しましたが、長女は幼少期、身体が弱い子どもでした。頻繁に熱を出し、入院や定期的な通院を繰り返す日々のなかで、ミツコさんはそれまで勤めていた仕事を辞め、家庭に入って看病に専念せざるを得なくなります。
トオルさんは、自分なりに妻を労い、家庭に貢献しようと、さまざまな場面で「よかれと思って」の行動を重ねていたと言います。
たとえば、トオルさんがたまの休日に作る「手料理」がそうでした。普段料理をしないトオルさんですが、「たまにはミツコを休ませよう」と、かたまり肉やスパイスを買ってきては、時間をかけてカレーやパスタを振る舞いました。しかし、トオルさんが作るのは料理そのものだけで、シンクには油まみれのフライパンや使い散らかした調理器具が山積みのまま。「美味しかっただろう」と満足げに自室へ戻るトオルさんの後ろで、結局ミツコさんがキッチンの後片付けをするのが常でした。
また、ミツコさんと長女が体調を崩して寝込んでいるときにも、トオルさんの配慮にはズレがありました。「今日は夕飯を作らなくていいよ、俺が買ってくるから」と買ってきたのは、自分の好物であるとり天弁当でした。胃が受け付けないミツコさんが「ごめん、食べられない」というと、トオルさんは「せっかく買ってきてやったのに、もういいよ」と一人背を向けてとり天弁当を食べました。長女が「食べたい、食べたい」と騒ぐなか、ミツコさんが「元気になったらね」となだめていたのです。
今春、無事に大学を卒業した長女が、就職を機に都内の一人暮らしのマンションへ独立していく際にも、その傾向は表れました。ミツコさんと長女が、限られた予算と部屋の広さに合わせてコツコツと選んでいた家具や家電のリストを見て、トオルさんは「せっかくの新しい門出なんだから、もっといいものにしなさい」と、二人に相談なくワンランク上の大型テレビやおしゃれな照明を独断でネット注文し、お祝いとして贈りました。トオルさんとしては親としての精いっぱいの太っ腹なプレゼントのつもりでしたが、長女は動画派でテレビはあまり見ません。部屋の雰囲気に合わない照明を前に、ミツコさんと長女が困惑している様子には気づいていませんでした。
銀婚式前日の淡白な別れ
二人が結婚25周年の「銀婚式」を迎える前日のこと。
翌日は、二人のこれまでの歩みを節目として祝う大切な日。トオルさんはミツコさんのために、彼女の好きなスイートピーをあしらった花束を内緒で予約していました。その受け取りの準備も兼ねて有給休暇を取り、自宅のリビングでくつろいでいたトオルさんの前で、ミツコさんは落ち着いた様子で、家で一番大きなボストンバッグを持って玄関へと向かいました。
「どこに行くんだ」と尋ねる隙もないままドアが閉まり、そのうち戻るだろうといったん放っておきました。1時間後、ミツコさんからLINEが届きます。
「しばらく帰りません。今後のことについては、お互い落ち着いたら連絡します」
トオルさんは驚いて電話を掛けるも、ミツコさんのスマホには電源が入っていないようです。理由を聞こうと、何度もLINEを送りましたが、既読にすらなりません。
パニックになったトオルさんは、一人暮らしを始めたばかりの長女に電話をかけ、事の顛末を伝えました。「お母さんが急に出ていってしまった。明日は銀婚式なのに、なぜなんだ」と取り乱すトオルさんに対し、長女は答えます。
「性格の不一致なんじゃないかな。お父さんて、いつも空回りだよね。お母さん、不満に思っていたことを何度もお父さんに言ってたよ。でも全然直んないし、それは私も見てきたし。積もり積もってもう無理だったんじゃないかな」
長女の口から語られたのは、トオルさんが「家族への愛情」だと信じ込んでいた行動が、実はミツコさんにとってはただのストレスでしかなかったという現実でした。
長女が言うには、ミツコさんはトオルさんの日ごろの配慮のなさやズレに、何度も苦言を呈していたのです。しかし、悪気のないトオルさんはそれらを受け流し、自分のスタイルを変えることはありませんでした。その様子を間近で見ていた長女にとっても、今回の結末は決して予期せぬものではなかったようです。
翌日の銀婚式当日の午後3時、いつもならミツコさんが夕食の買い出しや準備を始めているはずの時間。トオルさんはパジャマ姿のまま、昨日届いて水もやらず、元気がなくなったスイートピーを眺めて立ち尽くしていました。
「自分はこれまでの25年間、ずっと妻に感謝されていると信じて疑わなかった」
