
親の介護が現実味を帯びてきたとき、多くの人が「共倒れを防ぐためにもプロの力を借りたい」「安全な施設で見守ってほしい」と考えます。その一方で、介護を受ける側である親世代の多くが「住み慣れた我が家で最期まで過ごしたい」という願いを抱えているのもまた事実です。※事例の人物名はすべて仮名です。
母への「最期の親孝行」だと思っていた
「週末、夫と一緒に淹れたてのコーヒーを飲みながら窓の外を眺めているとき、あぁ、やっぱり自分の家が一番落ち着くな、と心から実感するんです。でも、そうやって自宅の居心地の良さを噛み締めるたびに、いつも胸の奥がキュッと締め付けられるような痛みが走るんです」
都内在住、共働きで世帯年収3,000万円を超えるマイさん(53歳)。若いころから地道に資産運用を積み重ね、昨今の株高も後押しし、現在の夫婦の資産額は億を超えています。何不自由ない豊かな暮らしを送り、自宅でリラックスしている何気ないひととき。そんなとき、マイさんは2年前に83歳でこの世を去った母親・ミツさんへの、消えることのない深い悔恨の念が押し寄せてくると言います。
当時、ミツさんの認知症の初期症状がみえはじめたころ、マイさん夫婦は仕事の責任あるポジションを任されており、日々の業務に追われていました。「自分たちの手で在宅介護を行うのは物理的に不可能だ」と考えたマイさんは、地元で屈指の設備を誇る高級有料老人ホームへの入居を決意します。
入居時に支払った一時金は約2,100万円。一流ホテルのような洗練された空間に、栄養バランスの行き届いた食事、そして医療従事者が24時間体制でサポートしてくれる環境を目の当たりにし、マイさんは「これだけの資金を投じて一流の環境を用意したのだから、親孝行になるかな」と、満足していたそうです。
高額な費用を支払い、「最高のプロたちに委ねている」という強い安心感があったからこそ、マイさんのホームへの足取りは次第に遠のいていきました。仕事の忙しさを理由に、面会に訪れるのは数ヵ月に一度程度。そんな生活が2年ほど続いたある日、ミツさんは心不全によって突然、帰らぬ人となったのです。
母の死後、ホームの施設長から母の様子を聞きました。
「お母様はいつも、私たちスタッフにマイさんのことを『自慢の娘なの』と話してくださいました。ですが、時折ポツリと本音を漏らされることもあったんです。『ここはホテルのように立派だけど、やっぱり住み慣れた我が家には代えられないね。でも、それは私のわがままだから。娘に迷惑をかけてまで、家に帰りたいなんて押し通せないわ。こんな素晴らしい施設に入れてもらえたんだから、感謝しないとね』と、笑っていらっしゃいました」
お金で安全な環境と至れり尽くせりのケアを買うことはできました。認知症が進行していたミツさんが、マイさんの顔をどこまで正確に覚えていたのかはいまとなってはわかりません。しかし、ミツさんが最期まで心の拠り所にしていたのは、高級施設の豪華な設備ではなく、家族で過ごした「過去の思い出」だったのです。マイさんは、その事実に気づき、「お母さん、本当にごめん。私はただお金を払っただけで、お母さんの心に寄り添う時間を作れていなかった」と、激しい後悔に襲われました。
介護を巡る「支える側」と「委ねる側」のギャップ
マイさんが経験したような葛藤は、多くのシニア世代の家族に共通する根深い課題でもあります。
ハルメク生きかた上手研究所が、50歳から87歳の女性474人を対象に実施した「介護に関する意識・実態調査」(2025年)のデータを見ると、介護を必要とする親世代と、それを支える子ども世代との間に存在する明確な意識のズレが浮き彫りになっています。
同調査において、「将来、自分が介護を受ける立場になったらどこで暮らしたいか」という問いに対し、最も多くの票を集めたのは「自宅」で、全体の約4割を占めました。長年住み慣れた我が家で、自分らしく最期を迎えたいと願う人が多いことがわかります。
その一方で、「もし自分の家族を介護することになった場合、どこで生活してほしいか」を尋ねると、今度は約7割の人が「介護施設」を選択するという、真逆の結果が出ているのです。いざ自分が看る立場に回るとなれば、生活の破綻を防ぐため、あるいは安全面への配慮から、専門組織の力を借りたいと考えるようです。
マイさんがミツさんを高級ホームに託した決断も、この「ケアする側の現実的な選択」としてはなんら責められるものではありません。同調査でも、自分が受ける介護の担い手としては「ヘルパーなどの第三者」を希望する人が62.2%で最多となっており、高齢の親世代も「子どもに肉体的な負担をかけ、苦労をさせたい」とは決して思っていないのです。
