◆震災が突きつけた“本当の格差”

その話を聞いたとき、美島さんは胸の奥に重い鉛を流し込まれたような感覚になった。
努力すれば報われる。勉強して、働いて、這い上がれば人生は変えられる。そんな言葉を信じていた。
しかし現実は違った。地震が襲ったその瞬間、生死を分けたのは才能でも努力でもなく、ただ「金を持っているかどうか」だった。
世の中は公平ではない。スタートラインからして違う。必死に働いても届かない場所があり、どれだけ稼いでも越えられない壁がある。
「この世界は、ここまで資本主義に支配されているのか」
その事実を知ったとき、希望は音を立てて崩れ去り、代わりに黒く濁った感情だけが残った。
「ならば、壁の向こう側にいる連中から奪い取るしかない」
そう心に決めた美島さんは、欲望と金が渦巻く街、東京・歌舞伎町へ向かった。
◆「僕は日本の歴史上1番稼いだホスト」

「前に愛本店のホストが大阪に遊びに来たときに『こっちは稼げる』って話聞いてたんで、『ほんなら、愛本店行くか』ぐらいの感じでしたね」
ミナミ、福原で培った美島さんの技術は歌舞伎町でも通用し、入店わずか数か月で店のNo.1ホストになった。
また、大学生の肩書を持っていると「勉強しながらホストしてるなんて偉いね」と目をかけてもらえる。すると、過度にお酒を飲まされたり、アフターに連れていかれることが減って、楽に稼げると知った。
「当時はもう関学を卒業してたんで、『どっか入れる大学ないかなぁ』って探してたんです。そしたら、たまたま早稲田大学の看板を見つけて『あ、ここええやん』と思って、政治経済学部に学士編入で入りました」
ホストとして売れて、金持ちから大金を奪い取る。そのために使えるものは、すべて使った。
そして気が付けば、27、8歳の頃には、美島さんは月に数千万円を稼ぐようになっていた。
「最近のホストは『年間1億稼ぎました!』ってもてはやされてると思うんですが、僕からすれば『へぇ~』って感じで(笑)。僕の時代は、チップで当たり前のように100万円、200万円をもらってましたから。冗談抜きで、僕は日本の歴史上1番稼いだホストやと思います」

若くして気づいた資本主義の格差。美島さんは、その格差に抗うためにホストになった。そして、持ち前の話術と度胸で頂点にまで上り詰め、日本一稼ぐホストになった。
だが、それは同時に、金がすべてを支配するという現実に、美島さん自らも飲み込まれていったことも意味する。
美島さんが大金を掴んだ先に、待っていたものとは。その成功は、30年に及ぶ壮絶なホスト人生の始まりにすぎなかったのだ。
<取材・文・撮影/ワダハルキ>
―[美島光司]―
【ワダハルキ】
大阪のフリーライター・カメラマン。卓球好きが高じて大阪府立大学在学中に卓球メディア「Rallys」でライター活動をスタート。現在は卓球以外にも大学ミス・ミスターコンの取材を中心に、幅広い分野で執筆活動を行う。X:@takkyu6789、Instagram:@guid_dsij

