「金持ちを札束で引っ叩きたかった」“日本で一番稼いだホスト”の意外な原点。関西学院大学時代に感じた格差

「金持ちを札束で引っ叩きたかった」“日本で一番稼いだホスト”の意外な原点。関西学院大学時代に感じた格差

◆震災が突きつけた“本当の格差”

美島光司
「1996年に阪神・淡路大震災が発生して、関学生も何人か亡くなったんです。でも、そのほとんどは地方から出てきた苦学生。なぜなら、彼らは家賃の安い木造アパートの1階に住むしかなくて、地震が起きた瞬間に建物が崩壊して圧死したからなんです。でも、六麓荘とか高級マンションに住んでいる金持ち学生は、建物が頑丈やから死なんかったんですよ」

その話を聞いたとき、美島さんは胸の奥に重い鉛を流し込まれたような感覚になった。

努力すれば報われる。勉強して、働いて、這い上がれば人生は変えられる。そんな言葉を信じていた。

しかし現実は違った。地震が襲ったその瞬間、生死を分けたのは才能でも努力でもなく、ただ「金を持っているかどうか」だった。

世の中は公平ではない。スタートラインからして違う。必死に働いても届かない場所があり、どれだけ稼いでも越えられない壁がある。

「この世界は、ここまで資本主義に支配されているのか」

その事実を知ったとき、希望は音を立てて崩れ去り、代わりに黒く濁った感情だけが残った。

「ならば、壁の向こう側にいる連中から奪い取るしかない」

そう心に決めた美島さんは、欲望と金が渦巻く街、東京・歌舞伎町へ向かった。

◆「僕は日本の歴史上1番稼いだホスト」

愛本店
愛本店でもNo.1になるまで時間はかからなかった/本人提供
上京後、美島さんは歌舞伎町のホストクラブ「愛本店」で働き始めた。

「前に愛本店のホストが大阪に遊びに来たときに『こっちは稼げる』って話聞いてたんで、『ほんなら、愛本店行くか』ぐらいの感じでしたね」

ミナミ、福原で培った美島さんの技術は歌舞伎町でも通用し、入店わずか数か月で店のNo.1ホストになった。

また、大学生の肩書を持っていると「勉強しながらホストしてるなんて偉いね」と目をかけてもらえる。すると、過度にお酒を飲まされたり、アフターに連れていかれることが減って、楽に稼げると知った。

「当時はもう関学を卒業してたんで、『どっか入れる大学ないかなぁ』って探してたんです。そしたら、たまたま早稲田大学の看板を見つけて『あ、ここええやん』と思って、政治経済学部に学士編入で入りました」

ホストとして売れて、金持ちから大金を奪い取る。そのために使えるものは、すべて使った。

そして気が付けば、27、8歳の頃には、美島さんは月に数千万円を稼ぐようになっていた。

「最近のホストは『年間1億稼ぎました!』ってもてはやされてると思うんですが、僕からすれば『へぇ~』って感じで(笑)。僕の時代は、チップで当たり前のように100万円、200万円をもらってましたから。冗談抜きで、僕は日本の歴史上1番稼いだホストやと思います」

美島光司
金持ちから大金を奪い、自分が資本主義社会を支配したと思っていた。

若くして気づいた資本主義の格差。美島さんは、その格差に抗うためにホストになった。そして、持ち前の話術と度胸で頂点にまで上り詰め、日本一稼ぐホストになった。

だが、それは同時に、金がすべてを支配するという現実に、美島さん自らも飲み込まれていったことも意味する。

美島さんが大金を掴んだ先に、待っていたものとは。その成功は、30年に及ぶ壮絶なホスト人生の始まりにすぎなかったのだ。

<取材・文・撮影/ワダハルキ>

―[美島光司]―

【ワダハルキ】
大阪のフリーライター・カメラマン。卓球好きが高じて大阪府立大学在学中に卓球メディア「Rallys」でライター活動をスタート。現在は卓球以外にも大学ミス・ミスターコンの取材を中心に、幅広い分野で執筆活動を行う。X:@takkyu6789、Instagram:@guid_dsij
配信元: 日刊SPA!

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