◆空前のホストブームで“稼げない時代”に

「愛本店は自分から辞めてたんで、出戻りはめっちゃ悩みました。でも、なんとかして金は稼がなあかんので、プライドを全部捨てて一介のプレイヤーとして戻りました」
指名客もいないゼロからの再スタート。とはいえ、美島さんはかつてNo.1ホストまで上り詰めた実力の持ち主。「ある程度続ければ、すぐに売れるだろう」という目算はあった。
だが、4年ぶりにホストに復帰した美島さんを待ち受けていたのは、あまりにも残酷な現実だった。
「当時は空前のホストブームで、ホストがテレビにバンバン出てた時代やったんです。愛本店も城咲仁くんが大人気になって、みんな仁くんを指名してましたね」
カリスマホストとして数多くのテレビ番組に出演し、後にタレントに転身した城咲仁。美島さんが戻ってきたときは、まさに「城咲仁ブーム」の真っ只中で、そこに美島さんが付け入る隙はなかった。
だが、それ以上に美島さんを苦しめたのは、ホストブームによって起こった客層の変化だった。
「僕の全盛期のときは、お金持ちのマダムしか来なかったんです。でも、ホストブームで一気にホストクラブが大衆化して、一般のお客さんも来るようになりました。そうなると、それまで来てくれてたマダムたちはどんどんいなくなって、全然売上が立たんくなりましたね」
一度離れた客を呼び戻すのは簡単なことではない。金払いの良かったマダムが店から消え、残ったのは常識的な金額しか使わない一般客のみ。
「僕の全盛期のときでも、マダムを相手にして稼いでたホストクラブは愛本店ぐらいでした。なので、マダムが愛本店に来なくなった時点で、僕のホスト人生は完全に終わりました」
◆脳梗塞を発症、49歳でホスト引退

「横浜の店やってたときは、『これがラストチャンスや』っていう気持ちでした。営業中は死ぬほど酒飲んで、とにかくなんとかして店を盛り上げようと」
しかし、そんな生活は長く続かなかった。
「36歳で脳梗塞になりました。まあ、毎日あんだけ酒飲んで、タバコ吸ってたら当然の結果ですね」
美島さんはなんとか一命を取り留めたものの、発症前のような不摂生な生活は送れなくなった。さらに、横浜の夜にもどんどん時代の波は押し寄せ、店も客も若者中心に回っていくようになった。
「7年間必死に足掻いたんですが、『もう無理やな』って思って42歳で店を畳みました」
その後は再び愛本店に戻り、細々とホストを続けた。

そして一昨年。49歳にして、美島さんはついにホストを引退した。
20代前半で痛感した残酷なまでの資本主義。その資本主義を支配する金持ちは、20代後半で征服したと思っていた。
しかし、当時の金持ちは、今も資本主義社会で生き延びている。片や、自分はお金はおろか、何も残っていない。
「結局、僕は資本主義の構造に抗えなかったですね」
美島さんが敗北を認めた瞬間だった。

