今年3月、衝撃的なキャッチコピーの作品で大きな話題を呼んだセクシー女優・雄乃ゆめさん。しかしその言葉の裏には、既存の「男女」の枠組みには収まらない、壮絶な葛藤と自己受容の人生があった。

◆元女性で男性戸籍。訳あって女性に戻った現役セクシー女優
――今年3月、「元女性で男性戸籍。訳あって女性に戻った現役セクシー女優」という成人向け作品が発売され、話題になりました。雄乃ゆめさんは「元女性で男性戸籍」とのことですが、現在どのような状況ですか?雄乃:生物学的な性は女性です。
――性転換手術はしていないということですか?
雄乃:はい、性転換手術はしていないんです。でも、過去には外見が男性とわかりやすいようにホルモン治療をして、戸籍変更(戸籍名は男性名に変更済で、戸籍の性別は変更なし)もしました。
――「女性に戻った」とは、どういう状態ですか?
雄乃:わかりやすい説明として「女性に戻った」という言い方をしているのですが、私としては「私は私になった」というだけです。でも、戸籍上は女性の名前をなくして、男性の名前として生きてます。
――名前を女性から男性に変えるときはどうしたんですか?
雄乃:家庭裁判所で性同一性障害の診断書を提出したらスムーズにいきました。
――そう考えると、男性・女性という概念がどういうものなのか、ちょっと難しくなっちゃいますよね。
雄乃:私の定義としては性器の違いですよね。男性器か女性器で生まれたか、という生物学的性が一番わかりやすい基準だと思います。
◆自然と集まった似た境遇の友人たち
――なるほど。それは非常にわかりやすいです。ご自身が性別に対する違和感を覚えたのは何歳くらいですか?雄乃:母が女性器の洗い方もきちんと教えてくれていたので、自分の体に対して「何か変だな」と違和感を抱くことはありませんでした。小学校は制服でしたが、スカートではなく、私と似たような今で言うボーイッシュな友人と短パンで登校していました。中学校では「全員スカート」という決まりがありましたが、小学校からの友人と一緒だったので我慢できたんです。そして高校は、小学校からの友人とも離れていました。そこで、ふと「学ランを着よう」と決めたんです。私には、性同一性障害の診断書をもらえるという確信があったので、実際に診断書を取得し、高校には学ラン姿で通っていました。あとになって気付くのですが、小中学校のときに、一番近くで過ごした友人も性別に違和感を持っていたようです。似たような友人が近くにいたので、小中学校は性別の違いをあまり意識することなく生活できていたのかなと思います。
――性同一性障害の診断書をもらえるという確信は、どこから生まれたんですか?
雄乃:それがわからないんですよ。でも、私の生活歴から、性同一性障害と言えば言えてしまうような要因はあったんです。例えば七五三のときに男子の袴を着たり、スカートが大嫌いだったり、ずっとショートカットにしていたり、その要因は拾ってこようと思えばいくらでも拾ってこられるんです。それで確信があったんです。
――友人にトランスジェンダーと思われる子がいたのは、意識せずに友達になっていったのですか?
雄乃:そうですね、やっぱり周りになんとなく集まるんです。類は友を呼ぶんですかね(笑)。4人のグループ中、1人は普通の女の子、もう1人は私に性同一性障害の診断書のことを聞きに来るような子、残りの1人はボーイッシュな子でした。
――すごい確率ですね。
雄乃:すごいですよね、この引きは(笑)。
――意識せずとも、子どもって似たような人と仲良くなりますからね。
雄乃:短パンやズボンを穿いていた子たちが集まったみたいな感じです。
――周りの同年代の女の子たちを見ていたときに、「私はどうして男子の方の思考なんだろう」と、思わなかったですか?
雄乃:う~ん、どうなんだろう。そもそも周りの友達がそういう友達だから、おかしいとか特別だとか思っていなかったんですよ。
――でも子どもながらに男性器ぐらいはわかりますよね。「自分にはないぞ」と思いませんでしたか?
雄乃:兄がいたので、性差ははっきりわかっていたんです。男性は男性器、女性は女性器という、生物学的な女性としての自覚はあったんですよ。でも、気になってくるのは世間でいう「心の性」という部分じゃないですか。そこが問題なんです。

