センスを磨くために手放すこと(2)好きだったものへの執着
「好きだったものが似合わなくなった」
これは、私に寄せられる相談のなかで多い質問のひとつです。
それ、当たり前です。なぜなら、あなた自身も環境も価値観も進化しているからです。好きなものは、人生経験とともに変化します。もしくは、好きなものの取り入れかたが変わるのです。実例をもとに説明しますね。
私は若い頃エスニックスタイルが大好きでした。高校生の頃は自分で髪をコーンロウ(細かく編み込むヘアスタイル)にしたり、ターバンを巻いたり。部屋のインテリアもアジアン雑貨店をそのまま再現したような雰囲気でした。なにより比較的安価なのがうれしくて、足しげくエスニック雑貨店に通っていました。
あれから20〜30年近くたち、今でもエスニックなものには心奪われますが、取り入れかたが変わりました。伝統や手仕事を感じさせるもの、代々愛されて大切にされてきた歴史を感じるものを、今の都会的な暮らしのなかに溶け込ませるのがとても好きです。
関心を持ち続けてさえいれば、「好き」は自然と更新されていきます。
昔好きだったということは、どこかで関心が途絶えたのです。
過去に似合っていたものを無理に持ち続けることは、アップデートした自分を見失う原因になります。
不要なものを手放すと、視覚的にも心理的にも余白が生まれます。この余白こそが、センスを育てる空間です。
パジャマ、何を着てますか?
センスを育てるトレーニングは、誰も見ていない時間から始まります。つまり、毎日着ているパジャマや部屋着こそがスタート地点なのです。
- ラクだからと、毛玉だらけのスウェットをパジャマにする人
- 自分が気分よく眠れるからと、肌触りのいいリネン素材のパジャマを着る人
- 誰にも見られないからと、保存容器から直接ご飯を食べる人
- 誰もいないのに、お気に入りの食器で気分よく食事をする人
これらの選択には、あなたが何を快適と感じ、何に心が動くのかが表れています。
素の自分に何がふさわしいのか─ ─その価値観が最も明確に表れるのが、プライベートな空間で何を選ぶかなのです。
こうした小さな選択の積み重ねが、自分は何に価値を置くのかというセンスの土台を形づくっています。
じつは、私はパジャマを持っていません(笑)。私は部屋着で寝る人です。でもパジャマ派か部屋着派かは、論点ではないのです。
ここで言いたいのは、寝室のイスに無造作にかけられた部屋着、洗面所で無心になって歯みがきをしている姿。それらをパチリと写真におさめたら、その風景にあなたは愛着がわくかどうか、ということです。
ここが、センスをものにしている人とそうでない人のわかれ道。

