初めて会社員じゃなくなったことによる誤解
Nさんは退職前、税金と社会保険料について楽観的に考えていました。「給与がなくなれば、天引きされていたあの重い負担もなくなる」と。会社員時代、給与明細に並ぶ控除の数字を見るたびに憂鬱になっていたNさん。FIREしたら社会保険料も住民税も低くなると信じていました。
本来、FIRE設計において税金と社会保険料は「変動する生活費」ではなく、毎年必ず発生する固定費として計画に組み込むべきものです。
住民税は前年所得をベースに翌年6月から請求されます。会社員時代は給与から自動的に天引きされていたため意識しにくいですが、退職の翌年は自分で納付書を受け取り、まとめて支払う形になります。国民健康保険料は所得に応じて算定され、上限は年間約100万円。会社員時代は会社が半額を負担していましたが、退職後は全額自己負担です。さらに国民年金保険料(年間約20万円)も加わります。知識としては知っていたはずなのですが、「労使折半で会社が払ってくれていた分」が丸ごと自分の負担になるという事実が、Nさんにはすっぽり抜けていました。
これらを合算すると、運用益が一定規模を超えるFIRE生活者の場合、税・社保だけで年間150万円を超えるキャッシュアウトが最初から発生することになります。
加えて、「医療保険は不要」という判断をするなら、その前提として高額療養費制度の適用範囲と適用外費用の両方を正確に理解しておかなければなりません。本当に医療費を自分の蓄えから支払えるのか。健康なときは、骨折や盲腸といった短期間入院をするような状況ばかり想像しますが、世の中にはNさんの妻の脳卒中をはじめ、延々と出費を余儀なくされる病気も存在するのです。
数億円という資産規模があっても、毎年確実に発生するコストを正しく見積もれていなければ、FIRE計画は簡単に崩壊します。
延々続く介護費用
退職から1年が経つころには、Nさんの精神状態は限界に達していました。退院した妻は週4回デイケアに通いながらリハビリを続けており、回復の兆しはみえています。しかし在宅での介護生活は、Nさんが想像していたものとはまるで違いました。
介護のすべてをヘルパーに任せられるわけではありません。食事の管理、血圧や服薬の確認、複数の病院への通院の付き添い、体調の変化への気配り、そして毎日の家事。毎日の家事は妻が担ってくれていたため、料理も掃除も、慣れない手つきでこなすしかありません。妻の血圧の管理もあるため、野菜を多くし、なるべく出来合いのものは食べないようにと思うと、食費も高くなっていきます。
介護にかかる費用も、想像をはるかに超えていました。ヘルパーの費用に加え、「Nさんの息抜きのために利用しなさい」とベテランのケアマネージャーさんに勧められた3泊のショートステイ、車椅子や介護ベッドのレンタル、妻が自宅で安全に生活できるよう、手すりを設置したり段差を解消したりする簡易的なリフォーム……。一つひとつはそれほど大きな金額でなくても、積み重なると毎月相当な額になりました。
資産額はまだ2億円。しかし、されど2億円です。勢いよく元本が減っていきます。本来カバーしてくれるはずの生命保険が一切ありません。ただ一点、送迎のための自家用車の自動車税が減免になったのは助かりました。
いまはただの「無職」という現実
支出の大きさよりも堪えたのは、それを誰にも話せないことでした。職場であれば、ちょっとした雑談のなかで愚痴を零せる同僚がいました。しかしNさんにはもう、そういう相手がいません。
妻の病状への不安も、先の見えない日々への疲弊も、すべて1人で抱え込むしかないのです。思いどおりにならない不安と焦りの日々に苛立ち、妻にきつく当たってしまうことも。もし会社員だったら、「そんなときもあるさ」と笑って励ましてくれる同僚がいただろうな、と想像しては苦しくなりました。
優雅なFIREのはずが、気づけば孤立した介護者になっていました。一人で風呂に入っていると、「介護の合間にでも、どこかに所属したい。誰かと言葉を交わしたい」強烈にそう思いました。
しかし、いまのNさんは社会から断絶された無職の中年男性です。役所などの書類に職業名を書くときには困ります。年金生活者でもなく、経営者でもありません。「無職」と書くしかないのです。かつての輝かしいキャリアを誇っても、いまは「無職」です。
