
これまで、国際通信はそのほとんどを「海底ケーブル」に依存していた。しかし海底ケーブルは迂回路が限られ、地形や地政学の観点から攻撃を受けると大きな影響が出てしまう。そこで新たな選択肢として注目されているのが、イーロン・マスク率いるSpaceXが提供する「Starlink」を中心とした、宇宙空間を経由する「衛星通信」だ。ただし、その仕組みを深掘りすると、衛星通信には「構造的な弱さ」が存在することがわかる。本稿では、白畑真氏の著書『デジタルインフラの地政学 インターネット データセンター AI 急所を握るのは誰か』(日経BP)をもとに、衛星通信の強さと弱みを紐解く。
海底ケーブル依存の“迂回路”として注目される「宇宙空間」
海底ケーブルは地形と政治が織りなすチョークポイントから逃れられない。この海の支配に対する最も有力な迂回路が宇宙空間である。
従来の静止軌道衛星(高度3万6000km)による衛星通信(GEO)は、往復で約0.5~0.7秒の通信遅延と巨大アンテナの必要性から、主に僻地向け代替手段に甘んじてきた。この停滞を打ち破ったのが、高度550km前後の低軌道(LEO)を周回するSpaceXのStarlinkやAmazon Leo(旧Project Kuiper)だ。
従来の約60分の1の高度を周回することで遅延を光ファイバー回線に近い水準まで短縮し※1、端末の小型化も実現した。数千基の衛星が連携して地球全体を覆い、マラッカ海峡や紅海のチョークポイントを宇宙空間から飛び越える。
※1 Starlink公式仕様によれば、遅延は陸上で25〜60ms、海洋・極地など特定の遠隔地等は100ms超としている。
その機動力は、すでに災害や戦争で実証されている。2022年1月のトンガ火山噴火でケーブルが切断された際、Starlinkは即座にブロードバンドを提供した。ウクライナの戦場では地上のインフラが破壊されるなか、軍民双方の生命線を維持した。
2024年の能登半島地震では、基地局のバックホール回線として採用が加速し、テキサスの洪水やハリケーン・ヘレンの被災地でも衛星通信は、地上インフラが失われた地域の代替回線として機能した。
Starlinkは移動体にも急速に浸透している。民間航空機への導入は1年間で3倍に増え、1400機以上が常時接続するに至った。海運では15万隻以上が採用した。スマートフォンへの直接通信を可能にするダイレクト・トゥ・セル技術では22カ国27通信事業者と提携し、提携キャリア経由の利用者はすでに1200万人を超えている。Starlink本体も155以上の国と地域で1000万人以上の顧客にサービスを提供する。
グローバルサウスではリープフロッグ現象が広がっている。固定電話を経ずに携帯電話が普及したのと同様に、物理ケーブルの敷設段階を飛び越えて衛星ブロードバンドへ直接接続する。地上インフラの地理的制約を宇宙から迂回する、新たな構図が生まれている。
容量の限界、1社依存…「衛星通信」の弱点
ただし通信回線の容量としては海底ケーブルとの格差は依然として桁違いだ。
世界中を結ぶ約500系統の海底ケーブルが系統あたり数百Tbpsを運ぶのに対し、Starlinkの地球全体で共有される全ネットワーク容量は600Tbps超にとどまり、コスト効率でも及ばない。海底ケーブルが大量輸送のコンテナ船だとすれば、低軌道衛星はヘリコプターのような機動輸送だ。
衛星通信の役割は、物理的・経済的に敷設困難な地域のラストマイル代替か、地上回線寸断時の予備回線にとどまる。海底ケーブルという線的カバレッジと衛星コンステレーションという面的カバレッジが互いの代替性を確保することこそが、デジタル供給網の強靭さを左右する。
しかしこの迂回路にも課題がある。チョークポイントを宇宙から飛び越えたはずの衛星通信が、Starlinkという単一事業者への依存という別種の集中リスクを抱え込んでいる。各国は対抗策として独自のコンステレーション構築を急ぐ。
EUのIRIS※2、中国の千帆星座。軌道資源の有限性から「宇宙のバルカナイゼーション」が進行し、デジタルインフラの地政学は地上から軌道上へと拡張された。
※2 Starlinkの通信サービスは、ADSLのように上下の帯域が非対称である。TeleGeographyは下り帯域と上り帯域の割合を455Tbps対50Tbpsとおき、そのうえで効率はその10%と試算している。
