◆清原や立浪と自分を比べたら…
一方、ドラフト下位や育成出身でも、球史に残るような偉大な記録を残す選手も多い。「何人か挙げると、チームメイトでもあった秋山幸二はドラフト外ですし、金本知憲はドラフト4位。新井貴浩はドラフト6位です。どの選手も素晴らしい記録を残しましたが、それほど“上手い”とは思いません。
上手い選手のプレーは滑らかで無駄がない。新井は駒澤大学の後輩でもありますが、動きがギクシャクしていますし、金本もスムーズではない。名手と言われた秋山でも、それほど綺麗なプレースタイルではありません。彼らの共通項は、“がたいの良さ”。体が丈夫だからこそ練習を死ぬほどできたでしょうし、叩き上げで完成した選手だと思うわけです。逆に、先ほど挙げた清原や立浪をはじめ、高橋由伸、城島健司、ピッチャーでいえば工藤公康らには上手さを感じます。
付け加えておきますが、自分は清原や立浪に比べたら全然センスはありません。そこそこのセンスはあったかもしれませんが(笑)」
石毛のプロ1年目(1981年)に西武は4位だったが、翌年に就任した広岡達朗監督のもとで優勝を果たすと、以降は黄金期が到来。石毛の西武最終年となった1994年までの間に11度のリーグ優勝と8度の日本一を達成した。つまり、石毛の入団とともに黄金期が始まり、退団とともに黄金期が終わったという言い方もできる。
そんな石毛の1年目。開幕3戦目にしてデッドボールというプロの洗礼。痛みでバットを振れない石毛をベンチに残した根本監督の判断は、石毛のセンスだけでなく、チームリーダーとしての資質を見抜いていたからこその判断だったのかもしれない。球史に燦然と輝く西武王朝が、静かに幕を開けた瞬間だ。
<取材・文/浜田哲男>
【浜田哲男】
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界を経て起業。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ・ニュース系メディアで連載企画・編集・取材・執筆に携わる。X(旧Twitter):@buhinton

