◆なんで俺、死なねえんだ!
──一ノ瀬さんは、その後、人を殴ることに抵抗が生まれて格闘技をやめたと聞きました。一ノ瀬:そうですね。当時の自分は「悪い男を倒してリングで輝く!」という意識がすごくあったんです。でも、いざ試合で対戦相手と対峙したらすごくいい人で、その人が負けて泣いているのを見てしまって。そのとき自分が勝った喜びよりも罪悪感が大きくて、やめるきっかけにはなりました。
──一ノ瀬さんは共感性が高いのかもしれないですね。
一ノ瀬:あ~、なるほど! いや、そう言ってもらえるとありがたいです。
──過去に自分が大きく“変わった”瞬間はありますか?
一ノ瀬:ありました。内弟子時代に支部長が「サンドバッグを蹴りながら死ね」って言ってたんですよ。「死ぬつもりで練習しろ」ってことなんですけど、本当にキツくて、もうこのまま死のうと思ってた。でも、やっぱり死なないんですよね。サンドバッグを打ちながら「死ね! 死ね!」「なんで俺、死なねえんだ!」って本気で繰り返すうちに、「俺って、いままで頑張ってなかったんだな」って思うようになってくるんですよ。

一ノ瀬:そうですね。それがいろんなことに通じてくるんです。漫画『ベルセルク』に「命を捨てろ!! それ以外生き残る道はない!!」って好きな台詞があって。「命を懸ける」っていうのは、すごく難しい言葉だから、簡単に言っちゃいけないけど、それにちょっと触れたことで、結構変われたというか。
──何事にも全力を注ぐことができるようになったというか。
一ノ瀬:すごく疲れてるときも「お前、めちゃくちゃ機嫌悪いけど、この人に優しくできないの? できるよね」みたいな。
「明日、絶対に死ぬ」みたいな状況から生き延びられたとき、次の日から生き方変わりそうじゃないですか。明日の飯が食えないと思ってたのに、食えた。その明日の大事さを知ったというか。キックボクサー時代は、5年後に自分が生きているなんて思っていなかったですから。
──その経験があったから、いま芝居にも全力で取り組めているところがあるんですかね。
一ノ瀬:それは、すごくあります。(※7)役者業に関しては、まだそんなに深いところまでは絶対に行けてないと思いますけど。
──なぜ、そこまで役者の仕事にハマったと思いますか?
一ノ瀬:格闘技は勝者が全取りする対戦プレーじゃないですか。でも、作品はみんなでいいものを作ろうという協力プレーなんですよね。ずっと孤独だったから、そういう共同作業がすごく楽しかったんです。
──役者としてはいつから食べられるようになりましたか。
一ノ瀬:それはもう『サンクチュアリ』です(笑)。厳密には配信がスタートしてから。だってオールアップした翌日の自分の仕事って、役名のない「男」でしたから。自分、スーパーエキストラだったんですよ。一日2時間の睡眠で、ものすごい数をこなして、月12万円の固定給をもらってました。
──え、その金額で生活できたんですか?
一ノ瀬:当時は物価もまだそこまで高くないですし、ギリギリできたんです。それより前の、プール監視員のバイトをしながらキックボクシングをやっていたときのほうが貧乏で、栄養失調になったこともあります。でも内弟子時代のほうがキツかったですよ。栄養失調つっても腹が減ってるだけですから。
──成功して、本当によかったです(笑)。いま出演作はどう選んでいますか?
一ノ瀬:この役はできないっていうのは、やっぱり受けないですかね。自分はどんな役でもこなせるカメレオン俳優ではないと思うので、自分にハマる役が来たときには一点突破で「絶対にブチ抜こう!」と思ってます。
──これからやってみたい作品ジャンルはありますか?
一ノ瀬:うーん、一番やりたいのは、『サンクチュアリ』の猿桜(えんおう)なんですよね。自分のなかであいつはまだ完結してないんですよ。『呪術廻戦』の宿儺(すくな)のように自分のなかにいて、「出せ出せ」って言ってくるんです(笑)。
──体形や髪の長さをキープしてるのもそのためですか。
一ノ瀬:体形は、デカい役を求められることが多いのもありますけど、髪はそうですね。Netflixの方に「本当に(続編が)ないとなったら、断髪式をしてください」とお願いしているので、そういう意味では「髪を切ってください」という出演オファーは断ってます。本当にあるかもわからないのに(笑)。
──となると、髪を切られたら、続編がないんだな、と。
一ノ瀬:そうなりますね(笑)。ただそれは、自分で呪いをかけてるところもあるんです。本当に続編があったとして、それが終わってからが自分はヤバいと思うんですよ。心当たりがあるわけじゃないけど、気が緩んで何か不祥事が出たら……そのときは、あまり責めないでもらえたらありがたいですね(笑)。
【Wataru Ichinose】
1985年、佐賀県出身。俳優。26歳でプロ格闘家を引退し、役者業を本格化。’23年に『サンクチュアリ -聖域-』が話題となりブレイク。以降、強面キャラと優しい人柄で多くの作品に出演。出演作に『宮本から君へ』(’19)、『ヴィレッジ』(’23)など
(※1)『サンクチュアリ -聖域-』
’23年より配信中の大相撲を題材としたNetflixオリジナルドラマ。オーディションで主役の猿桜役に選ばれ、本格的な相撲の稽古や肉体改造も話題に
(※2)『四月の余白』
元半グレで元受刑者という過去を背負う西健吾(一ノ瀬)が全寮制更生施設を舞台に、“人は変われる”と信じて子供たちと体当たりで向き合う。全国公開中

練習だけに打ち込める環境を求め真樹日佐夫系列「真樹ジムオキナワ」の内弟子に。メディア出演も多かった真樹について「やっぱ俺らには怖いです。でも、優しい方だと思います。俺は孫(弟子)なんで」と一ノ瀬
(※4)『学校』
1993年から’00年までに、夜間中学や高等養護学校を舞台に全4作が公開された映画作品。西田敏行は『学校』『学校Ⅱ』で主演の教師役を務めている
(※5)うさぎを8羽
ドラマ『獣になれない私たち』(日本テレビ系)をきっかけに飼育開始。獣医と相談して住まいを決め、高級空気清浄器・エアドッグプロ(約37万円)を購入するなど、うさぎ中心の生活に
(※6)安里(あさと)支部長
真樹ジムオキナワの顧問・会長の安里昌明氏。役者業の道を開いた一ノ瀬の恩師。’23年8月16日放送『小籔千豊&山里亮太の 俺の聖地巡礼』(ABCテレビ)では、13年ぶりに同ジムでミット打ちをし涙を流した
(※7)役者業
格闘家時代に、真樹ジム六本木本部に在籍していた三池崇史監督の映画『クローズZERO Ⅱ』にエキストラ参加。芝居の面白さに目覚め、役者業を本格化
取材・文/森野広明 撮影/尾藤能暢 ヘアメイク/星野加奈子 スタイリング/皆川bon美絵
―[インタビュー連載『エッジな人々』]―

