◆先輩・東尾と飲みながら野球談議
選手個々と飲食を共にする機会はほとんどなかったという石毛だが、先輩の東尾修とはよく飲みに行き、野球談議に花を咲かせた。「東尾さんは、自主性に任せた昔の野球を経験していましたし、広岡監督から始まった管理野球も経験している分、いろいろな意見を言ってくれました。それに対して、自分も『トンビさん(東尾の愛称)、それはわかります。でも、今はこうですよ』と言ったり、意見交換をしていました。野球以外の話をすることも多かったですが、結局野球やチームの話になっていくんです。
そのほかの食事といえば、開幕前や遠征中に行う決起集会ですね。野手同士、投手同士で行くことが多く、野手陣は焼肉、投手陣は鍋に行ったりしていました。球団の予算で行うので、選手側から『(決起集会を)やってもいいですか?』とお伺いを立てて」
西武黄金期の代名詞とも言えるのが“管理野球”。その中心にいて、長年に渡ってチームを牽引したのが石毛だが、キャプテンとして直面した壁はなかったと言う。
「あっけらかんとした自分の性格も多少は影響していたかもしれませんが、壁を感じるようなことはなかったんです。チームリーダーだ、キャプテンだって言ったところで、現場の責任者は監督だと思っていますから。選手起用から采配、シーズンを通しての戦略から何まで、全てを指揮しているのが監督です。言葉を選ばずに言うと、選手は“駒”にすぎませんし、キャプテンは中間管理職みたいなものじゃないですか。自分がやっていたことなんて微々たるものです」
石毛はそう話すが、首脳陣の考えを選手の中で唯一共有できる立場であり、チームが間違った方向へ行かないように常々目を光らせていた。チームリーダーの石毛なくして、西武の黄金期はなかったと言っても過言ではない。
<取材・文/浜田哲男>
【浜田哲男】
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界を経て起業。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ・ニュース系メディアで連載企画・編集・取材・執筆に携わる。X(旧Twitter):@buhinton

