
親を老人ホームに預ける際、多くの家族を悩ませるのが「これから先、介護度が上がったら一体いくらかかるのか」という終わりの見えない経済的不安です。状態が悪化すれば、サービスが増え、医療費がかさみ、支払いは右肩上がりに増えていく――そう考えるのはごく自然なことでしょう。本記事では、合同会社エミタメの代表を務めるFPの三原由紀氏が、山本さん親子の事例とともに「老人ホーム費用のカラクリ」について解説します。※相談事例は本人の許諾を得てプライバシーのため一部脚色しています。
老人ホームから届いた請求書に困惑
「計算を間違えているのではないでしょうか」
請求書を見たとき、山本恵子さん(仮名/58歳)は思わず施設へ電話をかけようとしました。会社で経理を担当し、数字には人一倍敏感な恵子さんです。
母・和子さん(仮名/86歳)は、夫を亡くしたあと一人暮らしを続けていましたが、転倒をきっかけに老人ホームへの入居を決断しました。40年以上暮らした自宅を売却し、その資金約2,000万円をそのまま入居一時金に充てています。
母の入居先は、大手チェーンではないものの、地元の医療法人が20年以上運営してきた評判のよい施設です。介護サービスは併設の訪問介護事業所が提供し、費用は月々まとめて請求される仕組みでした。見学の際には「月額利用料の目安は30万円ほど」と説明を受けていました。
和子さんの年金は、老齢基礎年金と遺族厚生年金を合わせて月額約18万円。手元に残した預貯金は約1,800万円です。「母の年金だけでは足りません。毎月10万円以上は預貯金を取り崩す生活になると覚悟していました」と恵子さんは振り返ります。
入居当初の和子さんは要介護1。歩行には少し不安があるものの、手すりを使えば自分で移動でき、食事も自力で取れる状態でした。
しかし、入居から数ヵ月後、環境の変化の影響もあったのか認知機能の低下が進み、要介護2へ認定変更となります。 恵子さんは「介護度が上がるなら、毎月の支払いももっと増えるはず」と思っていました。
ところが蓋を開けてみると、請求書には月額約27万円との記載が。 おむつ代が増え、認知機能の低下から、もの忘れ外来への通院が新たに始まったにもかかわらず、総支払額は入居時に想定していた30万円を下回っていたのです。
「安くなるなんてことがあるんですか?」。面会の際、施設に確認すると、施設長から思いがけない説明を受けました。「入居後しばらく生活を見守った結果、お母さまは介助が必要な場面よりも、『見守り』で十分な場面が多いことがわかりました」
入居直後は、転倒リスクを考えて移動や更衣などを手厚く支援する内容で支援体制を組んでいました。しかし、施設での生活を通じて状態を詳しく把握した結果、身体面では「時間をかければ自分でできること」が想像以上に多いとわかったそうです。認知面の低下で見守りは必要になった一方、動作そのものは変わらずこなせていたという母。そこで、月額料金に含まれる標準的な見守りでは心もとないと、入居時は個別の対応分を上乗せしていましたが、その上乗せ分を外すことに。
「介護サービスを減らした」というより、「必要な支援に組み替えた」というのが実態でした。
「要介護度が上がれば費用も上がる」は思い込みかもしれない
恵子さんのように、「介護度が上がれば費用も上がる」と考える人は少なくありません。実際、要介護度が上がればおむつ代や医療費など新たな負担が生じるケースは多く、この思い込み自体は決して不自然ではないでしょう。
この現象を理解するうえで欠かせないのが、有料老人ホームには大きくわけて「介護付」と「住宅型」の2種類があるという点です。
介護付有料老人ホームは、都道府県などから「特定施設」の指定を受け、施設のスタッフが直接介護サービスを提供します。費用は要介護度に応じた定額制で、介護がどれだけ必要になっても月々の介護サービス費はほぼ変わりません。
一方、和子さんが入居したような住宅型有料老人ホームは、この指定を受けておらず、介護が必要になった場合は入居者自身が外部の訪問介護事業所などと個別に契約する仕組みです。そのため、利用したサービスの量に応じて費用が変動し、逆にいえば「利用の仕方次第で費用が下がる」余地もあるのです。
厚生労働省の調査(令和6年6月時点)によると、全国の有料老人ホーム1万7,246施設のうち、介護付は4,559施設で全体の3割に届かず、住宅型が73.5%を占めます。つまり、私たちが「老人ホーム」と聞いてイメージする施設の多くは、実は住宅型なのです。
住宅型有料老人ホームの費用は、施設が独自に価格を設定できる「施設独自のサービス費用」と、要介護度に応じた上限の範囲内で1〜3割を自己負担する「介護保険サービス」の組み合わせで成り立っています。
後者の自己負担は、要介護度が一段階上がっても数千円程度の増加にとどまりますが、前者には上限がなく、どれだけ手厚く組むかで総額は数万円単位で変わります。和子さんの支払額が大きく動いたのも、この上限のない部分を支援体制の見直しで圧縮したためでした。
重要なのは「介護度が上がったかどうか」だけでなく、「本人に本当に必要な支援はなにか」という視点です。
近年の介護現場では、本人ができることまで先回りして介助するのではなく、本人の力をできるだけ活かす「自立支援」の考え方が重視されるようになっています。恵子さんのケースも、まさにこの考え方が費用面に表れた一例といえるでしょう。もちろん、すべての施設で同じことが起きるわけではなく、「介護付」か「住宅型」か、また施設の料金体系やケアマネジメントの方針によって結果は大きく異なります。
