◆暴力を受けて育った幼少期
――ところで、マリンさんには「毒親から逃げた」過去があると伺いました。マリン:はい、現在も親とは距離を置いて生活をしています。私は大阪府に生まれ、のちに家族で上京しました。その後、母親からの虐待から逃れるため、姉と一緒に夜逃げをして違う場所で暮らし始めたのです。今は、大阪府に親戚がいるので、東京と大阪の2拠点生活をしています。
――過去の虐待について、詳しく伺ってもよろしいでしょうか。
マリン:家庭は父母、姉、兄の5人家族でしたが、私が3歳くらいのときに両親が離婚し、以来、母とともに暮らしてきました。母方の祖母の家とは距離が近く、もともと母と折り合いが悪かった兄は中2で家出をして祖母宅で暮らしていました。したがって、私は大部分の時間を母と姉と一緒に暮らしたことになります。
母は交際していた彼氏に一途な人で、彼氏が一緒にいるときの母は非常に穏やかでした。しかしその彼氏は私が中2のときに亡くなってしまいました。
もともと母はヒステリックなところがあり、何か気に入らないことがあると「出ていけ!」とまくし立てるなど、攻撃的な人でもありました。日常的に怒鳴るのはもちろん、殴る、蹴るの暴力を受けることもありました。
◆夜逃げを決意した「玄関から蹴り出された日」
――家出をするきっかけになった出来事は。マリン:19歳のとき、ちょうど姉が旅行で不在のときのことです。当時専門学校生だった私は、課題提出のためにコピー機が必要でした。折悪く家のコピー機が故障していたため、深夜にコンビニへ行ったのです。ちょうど母も不機嫌で、家で鉢合わせるなり、「どこ行っててん」と始まりました。「深夜に勝手に行くな」と怒りの収まらない母に、私が「お母さんが不機嫌だから言いづらい」と伝えると、「出ていけ!」と怒鳴って蹴りを食らわせてきました。私はうずくまりましたが、母の勢いがすごく玄関まであっという間に蹴って移動させられました。「出ていくから、財布と携帯電話を取らせてほしい」と言っても聞かず、母は私を玄関から蹴って放ると、鍵を閉めたのです。
――深夜に締め出され、どうなりましたか。
マリン:当時住んでいた家からもっとも近いコンビニで、先ほどお話した亡くなった元彼のお母さんの友人が働いていました。私はそのコンビニに行き、元彼のお母さんに取り次いでもらいました。彼女は、母が唯一頭の上がらない人でもありました。深夜だというのに、わざわざ私のもとに駆けつけてくれて、家のチャイムを一緒に鳴らしてくれたんです。
――それで家のなかに入れた。
マリン:当初、私がチャイムを鳴らしていると思った母は、無視を決め込んでいました。しかし元彼のお母さんが話しかけると、すぐにドアが開きました。3人で話し合っていると、母は明らかなパジャマ姿であるにもかかわらず、「実は心配で、あれから近所を探していたの」と泣き始めました。
そのとき、「信頼していた、責任感のある母親」という私のなかの母親が死にました。「自分の世間体のためなら、私からの信頼なんてどうでもいい人なんだ」と、いきなり他人のように思えたのです。そのシーンを、まるで映画のように俯瞰して見ていました。
――そのあと、家出をする。
マリン:はい、姉に相談したら「私もこの家が嫌だから、夜逃げしよう」となって。その騒動から1カ月もしないくらいに家を出て姉とふたり暮らしを始めました。

