自然素材を生かしたスモールハウスで村を活性化したい――そう考える彼女に、檜原村での暮らしと、その先に描く夢を語ってもらった。

◆移住のきっかけは偶然に
――宮崎県から東京都・檜原村へ移住された経緯を教えてください。内田:宮崎県で夫と別居して住んでいた6帖のスモールハウスが、第10回日本漆喰協会作品賞を受賞したんです。それをきっかけに全国から見学者が訪れるようになりました。その一人が檜原村に住む女性で、「同じ家を建てたい」と言ってくださって。「ついでに遊びに来たら?」と誘われたんです。
私はちょうど親との確執もあって、宮崎を離れたいと思っていた時期でした。その方が冗談半分で「いっそ移住してきたら?」と言ったのを、私が本気にしちゃって(笑)。そのまま檜原村へ行って、その方の家に1年間居候しました。
さすがに「いつ帰るの?」と言われて、住む場所を探し始めたところ、空き家になっていた築80年ほどの木造平屋の古民家と出会い、借りることができたんです。
――宮崎に残られた旦那様とは、その後どのような関係なのでしょうか。
内田:檜原村へ引っ越すとき、夫には「もう二度と会わないかもね。バイバイ」と言って出てきたから、諦めていると思います。
私が親の会社を継いだ後、親が勝手に会社を従業員へ売ってしまったことが許せなくて、心が荒れていました。夫は、私が親の近くにいると気持ちの整理がつかないことを分かっていたので、檜原村へ来て落ち着いたことに、きっと安堵していると思います。
たまにこちらで足りないものを宮崎から送ってくれたりして、ちょうどいい関係が続いています。
――長年築いてきた仕事や人間関係を離れることに、不安はありませんでしたか。
内田:ミニマリストになったので、人間関係も一回リセットしてみようと思ったんです。長年インテリア職人として働いてきましたけど、体力仕事だから、いつか限界が来るだろうなと思っていました。
「いつ引退するんだろう」と考えていた矢先でもあったので、「もういいや」と思って移住しました。
◆バイトで資金をためて古民家を改装

内田:2年前に宮崎県から移住してきたんですが、その前年に一度だけ来て、2、3日滞在したんです。
まず、水と空気が本当にきれい。私は水がきれいな場所が大好きなんですよ。伝統構法で建築するには、水がきれいなことがすごく大事です。
寺社仏閣が長年残っているのは、立地条件がいいから。水と空気がきれいじゃないと、100年建築にはならないんです。檜原村には歴史ある神社や美しい滝もたくさんあって、そういう自然環境に惹かれました。寺社仏閣には御神木がありますよね。御神木が育つような自然に恵まれた土地だからこそ、建物も長持ちするんです。
――実際に暮らしてみて、檜原村の魅力はどんなところにありますか。
内田:一番は、人がいいことですね。散歩していると、手ぶらで帰れないくらい、みんな野菜をくださるんですよ。
コミュニティもしっかりしていて、人づてに情報がすぐ伝わる。ネットやSNSより早いですよ(笑)。村中みんな親戚みたいな感じて、本当に住みやすい。働こうと思えば、「こんな仕事があるよ」と仕事も紹介してもらえますしね。
――檜原村へ移ってからは、どのようなお仕事をされているのでしょうか。
内田:こんにゃく屋さんでパック詰めをしたり、旅館の掃除をしたり、都道の交通整理や落ち葉の片付けをしたりしました。多いときは4つのアルバイトを掛け持ちして、とにかく働いて、お金を貯めました。
そのお金で、借家のオーナーさんに許可をいただいて、フローリングだったリビングやキッチンの床を張り替えたんです。
使ったのは、私が商品開発した「江戸杉3cm」という素材です。自然乾燥させた檜原村産の杉を厚さ3センチの板に加工したもので、断熱効果があるので冬でも暖かいんです。関心のある方にはモデルルームとして公開しています。

