◆スラム街でサッカーに興じる少年……貧富の差を問わないスポーツ

隣家で調理されている煮物の匂いが漂う部屋の中で、協力者の7歳の1人息子にサッカーボールを差し出すと、目を見開いて喜んだ。ボールを受け取った少年は私の手を握り山の斜面にへばりつくようにある「ファベーラ」の急な階段を駆け登り始めた。ぜいぜい言いながら少年に引っ張られていくと、中腹に子供用のサッカーグラウンドがあった。
自分だけのボールを初めて手にした少年は、満面の笑みでシュートやドリブル、ヘディングを披露してくれた。さすがはサッカー王国の少年だ。ボールが身体の一部のように見えた。
後から父親と相棒が登ってきた。元サッカー少年の2人も目を輝かせ、少年からボールを奪った。負けまいと少年は2人に食らいつきボールを取り返した。3人でのサッカーは夕暮れまで続いた。
「ボール1つでみんなが夢中になれる。1人でも、2人でも、3人でも、11人いなくてもいいんだ。ボールの前ではみんな平等だから、貧乏のどん底にいても、息子は明るく生きている」
父親は息を弾ませながらこう話した。サッカーが「ファベーラ」で細々と暮らす家族を支えていた。
これほどまでに世界の隅々までプレーされているスポーツは、サッカーのほかにない。寒い国も、暑い国も、紛争地でも、平和な地でも、富める者も、貧しい者も、1つのボールがあればサッカーが始まり「実力」だけで競い合うことができる。ワールドカップ(W杯)サッカーが、オリンピックを超えた世界最大のスポーツイベントとして人々を熱狂させるのは、サッカーに多様性と平等性があるからだ。「ファベーラ」での笑顔は、サッカーの真の魅力を教えてくれた。
あれから15年以上の歳月がたち、建国250年のアメリカでW杯を追った。そこで見たサッカーは政治とカネにまみれ、アメリカという1つの国の価値観に染められていた。
◆大会準備期間から度々大統領と親密な関係を築いてきたFIFA会長

決勝戦では、アメリカンフットボールの王者を決める「スーパーボウル」さながらのハーフタイムショーがピッチ上で行われた。マドンナやシャキーラ、ジャスティン・ビーバー、BTSら世界的スーパースターが歌や踊りを披露した。W杯としては初めてのことで、サッカーのルールを定める国際サッカー評議会(IFAB)が決めた15分というハーフタイムの時間を軽々とオーバーしてしまった。通常のサッカーの試合ではハーフタイムの15分は厳格に守られ、違反チームには罰則もある。ところが、サッカー界の頂点を決める試合で「アメリカ流」のエンターテイメントを割り込ませるために、ルールはいとも簡単にねじ曲げられた。
「政治とカネ」にまみれたサッカーの最も象徴的な側面は、トランプ大統領がアメリカ代表選手のレッドカードの判定に異論をはさみ、この選手の出場停止処分が覆されたことだ。この件は、アメリカでも「政治的圧力」という見方が一般的だ。FIFAのインファンティーノ会長は大会準備期間から度々、ホワイトハウスやトランプ大統領の別荘を訪れ、大統領と親密な関係を築いてきた。FIFAは昨年創設した「平和賞」をトランプ大統領に授与しており、過剰なまでにトランプ大統領を持ち上げた。これに対し傘下のヨーロッパサッカー連盟(UEFA)は公然とFIFAを批判している。ヨーロッパ議会の50人は6月末に、政治的中立性についてFIFA倫理委員会に調査を求める書簡を送っているが、レッドカード問題を受けて今度は78人の議員がEU加盟27カ国のサッカー協会会長あてに、FIFAに調査を要請するように求める書簡を送付した。

