
ドラッグストアの店頭には並ばず、派手な広告も打たない。一見すると静かな日本の老舗ブランドが、中国本土で驚異的な売り上げを叩き出している。その背景にあるのが、在日中国人コミュニティによる「知られざるSNS商圏」の存在だ。本記事では、中島恵氏の著書『中国人は日本で何をしているのか』(日経BP)より、日本の老舗化粧品メーカーで働く中国人・王さん(仮名)のインタビューから、怪しくも力強い“SNS草の根越境EC”のリアルをみていく。
月売上500万を目指す世界へ
日本国内で中国人が行っているビジネスが、中国本土にまで広がっている事例がある。王丁さん(仮名)は、2020年代に友人の紹介で、ある化粧品会社のビジネスを知った。
その化粧品会社は日本で100年近い歴史を持つ老舗メーカーで、国内の売上ランキングでも上位に入る。しかし同社製品は百貨店やドラッグストアなどでは販売されていない。同社のウェブサイトか、ビューティーコンサルタントと呼ばれる担当者か、全国に400ほどある同社の販売店からしか購入できない。
王さんによると、在日中国人の間では以前、別の化粧品会社が人気だったが、中国人への対応の悪さが口コミで広がり、ここ数年、この会社に乗り換えた人が急増したそうだ。
OEM商品(※)は大手ドラッグストアチェーンや有名遊園地などで販売されており、ファッション雑誌でも商品紹介を見かけるが、街角の広告などは見かけない。大手ではあるものの、社名を知らない日本人もいるだろう。
※他社ブランドの製品を製造する仕組みのこと
王さんは同社のビューティーコンサルタントとなって販売の仕事をするため、専門の養成機関である化粧品アカデミーに入った。学習期間は3カ月で、講座は全8回。受講料は3万3000円。7万円相当の教材(化粧品)を実際に自分も使って、同社商品の特徴やエステの実技を学んだ。
王さんが驚いたのは、中国人向けの講座は講師も中国人で、日本人講師の場合は通訳がつくことだった。王さんは日本語が話せるが、日本の老舗化粧品メーカーが、中国語で受講できる教育体制まで確立していることに感心した。
講座を終えたらビューティーコンサルタントや他の美容関連の免許に関する筆記試験があるが、それも日本語、英語、中国語、ベトナム語などで受けられる。王さんは「会社は、中国人、ベトナム人などのビューティーコンサルタントが今後かなり増えると予想して、ここまで準備しているのか」と思ったそうだ。
国外へのSNS販売は原則禁止だが…メーカー側も黙認
アカデミー修了後は、自身で美容サロンを開いたり、エステ店で働いたり、個人で営業・販売を行ったりする。王さんは中国に住む友人や知人向けにSNSグループを作って商品情報を流し、そこで販売している。
販売するのはスキンケア用品、メイクアップ用品、男性用化粧品、健康食品などで、品目数は600以上ある。中国では日本の化粧品は総じて評価が高いようで、「安心、安全というイメージ。日本の化粧品を使ってみたいという中国人は潜在的にとても多い」(王さん)そうだ。
王さんは中国人が興味を持ちそうな商品を選りすぐり、SNSに写真を載せて注文を受けつける。同社は国内顧客を対象としており、中国に住む人に販売し、商品を送ることは原則として禁止している。
しかし、「私だけでなく、大勢の(在日)中国人が私と同じように中国に住む人に販売しています。『暗黙の了解』になっていると思う」と王さん。
王さんのSNSのタイムラインを眺めていたとき、同社の新人向け説明会が開催されることを知った。私は王さんに頼んで、一緒に会場を訪ねてみることにした。
