《面接では、どんな質問にもよどみなく答えた。採用担当者は「機転が利く、優秀な人だ」と感じ、採用を決めた。ところが入社から一か月、本人は基本的な判断を求められるたびに固まってしまう。あれほど見事だった頭の回転は、どこへ消えたのか。》
記事によれば、ニューヨークのある非営利団体が、面接での受け答えを高く評価し、その候補者を助成金申請の仕事に採用したそうです。面接はすべてオンラインで実施しましたが、上司は現在、候補者が面接中にこっそりChatGPTのようなAIを使っていたのだと、ほぼ確信しているといいます。しかもその上司は取材に対し「AIに騙されたと認めるのは気恥ずかしい」という理由で匿名を希望したそうです。
けれど、AIに騙されたこと以上に「自分には人を見る目がある」という感覚を揺さぶられたことのほうが、認めにくかったのかもしれません。この感覚に、今回の話の本質が詰まっている気がします。
これはもう珍しい話ではありません。あるAI面接プラットフォームが、自社の約2万件のオンライン面接を独自の基準で分析したところ、AI使用の疑いが検出されたのは全体の38.5パーセントでした。一社独自の検出基準による数字であり、この結果だけを採用市場全体に当てはめることはできません。それでも、この割合が2025年後半のわずか3か月ほどで大きく跳ね上がったというのは、なかなか穏やかではありません。
仕組みはこうです。面接官の質問をAIが聞き取り、その場でうまい答えを作って候補者の画面にそっと表示する。面接官の側に、そのカンペは見えません。小型イヤホンでAIの答えを読み上げてもらう手もある。面接という部屋に、もう一人の「見えない優等生」が座っているわけです。

◆■AIを使う候補者を、頭ごなしに責められない理由
現地の反応で面白いのは、これを単純な「不正」として断罪する声ばかりではない、というところです。よく聞こえてくるのは、「社員が仕事でAIを使うのに、面接で使って何が悪いのか」という理屈です。会社は入社の瞬間から「AIで生産性を上げろ」と求めるのに、採用の瞬間だけは「AIを使わないあなたの実力を見せてください」と言う。実際、一部の企業はコーディング面接の一部でAI使用を公式に認め始めているとも報じられます。
どこに線を引くべきかは、思っているほど簡単ではありません。AIに考えさせてそのまま読み上げるのは不正だとして、では「自分で考えた答えをAIに整えてもらう」のはどうか?「面接前に想定問答をAIと練習しておく」のは?
問題は「AIを使ったか否か」だけではなく、本人の考えとAIが生成した言葉の境界が、曖昧になることなのだと思います。
一方で、企業の側も黙って見ているわけではありません。回答のタイミングや視線を分析してカンニングを見抜くツールが生まれ、Googleやマッキンゼーといった大企業は対面面接を復活させる動きを見せているそうです。僕がいるシアトルのテック業界でも、この話題はよく雑談に上ります。エンジニア採用の面接官をやっている同僚は、「質問のあとに一瞬だけ視線が画面の別の場所へ動き、そのあと、どんな問いにも同じ調子で、きれいに3点に整理して答える候補者に、以前より敏感になった」と言っていました。よどみなく完璧に答えられることが、優秀さの証明ではなく疑いの対象になりつつある……なかなか奇妙な逆転です。
こうして採用の現場では、見抜くツールが賢くなればすり抜ける道具も賢くなるという、きりのない”いたちごっこ”が加速しています。
◆■AIが暴いたのは、候補者の不正ではなく「面接の弱点」
ただ、この騒動は「不正が増えた」という話ではないのかもしれません。AIが暴いたのは候補者の不正だけでなく、面接そのものが生成AIとよく似た能力を高く評価してきた、という事実なのだと思います。考えてみてください。面接がやっているのは、突きつめれば「初対面の相手から予想外の問いを投げられ、その場で、もっともらしい答えをよどみなく生成する」ことです。志望動機も、自分の強みも、困難を乗り越えた経験も、聞かれた瞬間にそれらしい物語を即興で組み立てる作業にほかなりません。
これは、いまの生成AIが人間よりずっと得意なことそのものです。面接は、たまたまAIの得意技を試す場になっていた。だからこそ真っ先に突破されたわけです。
一方で、実際の仕事が要求するのは少し違うものです。冒頭のニューヨークの彼が固まったのは、まさに「その場のうまい答え」ではない部分でした。
・3か月前に自分が言ったことの責任を引き受ける。
・利害がぶつかるなかで、誰かに嫌われる決断をする。
・問題が起きたときに「AIがそう言ったので」と逃げず、自分の名前で謝る。
そういう、受け答えのうまさとは別の能力が要ります。AIは横から助言できても、その責任まで引き受けてはくれません。つまり、面接で高得点を取れることと仕事ができることの間には、もともと深い溝があった。AIは新しい問題を持ち込んだのではなく、昔からあったこの溝を、桁違いの規模で見えるようにしただけなのだと思います。
そしてこの溝は、面接だけの話ではありません。仕事そのものでも、その場でそれらしい答えを返す力より、長い経緯を背負って決断し責任を持つ力のほうが、これから問われていくのだと思います。

