◆スカウトから始まった芸能界入り

大原:六本木に遊びに行った際に、スカウトマンの方に「君はおっぱいが大きいから芸能人になれるよ」と言われたんです。思わず、「おっぱいが大きいと芸能人になれるんですか?」と聞き返したら、「なれるよ」と言われました(笑)。
――本当になれましたね。それまでは、どのような生活を送っていたのでしょうか。
大原:高校を卒業し、八王子の高級ステーキ店でアルバイトをしていました。私は「部長」になるのが夢だったので、本気で部長を目指していたんです。
――社長ではなく、部長だったんですね。
大原:責任の重さが違いますからね。ちなみに、その店の制服はタイトな黒いスカートに白いシャツだったので、胸の大きい私は、もうパツパツでした。
――少し怪しいお店にも聞こえますが……。
大原:違います。普通のステーキ店です(笑)。ちょっと怖そうなお客さんから「あの子に全部持ってこさせて」と言われて、帰り際にチップのようなものをいただくこともありました。
――そこから、すぐにタレントデビューしたのでしょうか。
大原:いえ、最初の1〜2カ月は事務所で事務員をしていました。電話番をしながら、マネージャーさんがどのように動いているのかを見て、礼儀も含めて学んでいった感じですね。
◆デビュー当時の過酷な番組撮影
――テレビデビューは『出動!ミニスカポリス』だったのでしょうか。大原:最初は『邦子にタッチ』(テレビ朝日)という、土曜日のお昼12時から生放送されていた番組でした。ぽっちゃりした女の子20人がオーディションで選ばれ、ダイエットに挑戦する企画だったんです。毎週、本番前に体重を測り、前の週より100gでも増えていたらイエローカード。それが3回続くとレッドカードでクビになってしまいます。みんな、本当に必死で1週間ダイエットし、太らないように頑張っていました。
――かなり厳しいルールですね。
大原:私は日野市から通っていたので、朝は電車に乗るギリギリまでお風呂に入って汗をかき、少しでも体重を減らしてから駅まで走っていました。そして、スタジオでは20人全員がサウナスーツを着ているのですが、「じゃあみんな、今日も脱ぎましょう」という流れで、生放送中に脱いで水着になっていました。
――えっ。
大原:しかも土曜日のお昼で、主婦の方がたくさん見ている時間帯でした。
――今では考えられませんが、そこから“巨乳ブーム”の流れに乗り、人気を博すわけですね。
大原:私は20歳でデビューしましたが、26歳の時には「もう歳だからグラビアは難しい」と言われました。当時は16歳くらいでデビューする子が多かったんです。
――今は30歳を過ぎても第一線で活躍している人がたくさんいます。2020年代にデビューしていたほうがよかったと思うことはありますか。
大原:「今のほうが楽なんだな」と思うことはあります。でも、今は人数が圧倒的に多いので、上に行くのは逆に大変じゃないですか。昔はグラビアをやっている子自体が少なかっただけではなく、「グラビアなんて」と言われることもありました。
――大原さんたちの世代が、グラビアアイドルの地位を高めてきた面もあるのではないでしょうか。
大原:私は巨乳ブームの波に、ちょうど乗れたんだと思います。巨乳アイドルの次は高校生ブーム、その後は芸人ブーム、さらにハーフタレントブームと、時代ごとに流行はめぐっていきました。そのタイミングに、たまたま自分がいただけなんです。パチンコでいうと、偶然Vに入って16連チャンしたようなものですね(笑)。
――例え方がおじさんですね(笑)。
大原:本当は32階くらいの大理石のマンションで、暑くも寒くもない部屋で犬と暮らしたかったんですけど、全然違う人生になりました(笑)。生まれ変わったら、港区女子みたいな生活をしてみたいですね。

