
そんな小倉に独占インタビュー。実は子役からスタートしている小倉に、転機となったCM出演や、共演者たちとのエピソードを聞いた。
◆子役だった兄についていったことがキャリアのスタート
――小倉さんのキャリアスタートは、4歳のときだとか。きっかけを教えてください。小倉史也(以下、小倉):親に事務所に入れられたのが全ての始まりです。兄が少しだけ子役をやっていて、オーディションについていっていたんです。そしたら「静かにできる子だ」ということでなぜか僕も入ることになりました(笑)。正直、入りたての頃の記憶ははっきりしないんですが、お仕事をしていたのは楽しくて、その感覚は覚えています。
――子役時代、特に記憶に残っている作品を挙げるなら。
小倉:『はぐれ刑事純情派PART15』(02)や『愛と友情のブギウギ』(05)、『マイフェアボーイ』(07)といったドラマは覚えています。あと、小学生の頃に出演した映画『20世紀少年』(08)は本当に楽しくて特に記憶に残っています。
――堤幸彦監督の3部作『20世紀少年』は今でも人気がありますね。小倉さんは香川照之さんが演じた“ヨシツネ”の子ども時代を演じました。
小倉:子どもたちだけの和気あいあいとした現場でしたし、楽しさの延長線上でやらせてもらっていました。当時の僕は本当に生意気な子どもで、「俺が一番だ」みたいな気持ちでいたと思います。自由すぎて、文字通りうるさかったと思いますし、だいぶ怒られていました(笑)。
◆ダンスに打ち込んだ大学時代を経て、NIKEのCMで訪れた転機

小倉:全くないです。当時はお芝居以上にダンスに惹かれてハマってしまって、役者を離れてでもやろうと思ったんです。子役の頃から中学受験をして、中高も学業と部活(テニス)が主で役者業はセーブしていましたし、大学時代は完全に役者業をやっていませんでした。でも、役者業をやっていなかったときも、戻ることは決めていたんです。結果として一度離れたことに悔いはないですし、それも芝居に生きるための通過点だったんだと思います。
――大学卒業のタイミングで芸能の世界へ戻ってきました。迷いはなかったのでしょうか。
小倉:何もなかったです。友達から「役者として、いつまで成功しなかったら区切りをつけるの?」と厳しいことを言われることもありましたが、めげずに今もやっています。
――22年に出演したNIKEコラボの「Welcome to Nike Juku│NIKE塾 Ft.『Woo!Go!』by新しい学校のリーダーズ」が転機だったそうですね。
小倉:はい。本当に大きかったです。監督とは今でも交流があって、Amazon MangaやGalaxyのCMでもご一緒しています。あのNIKEのCMから、僕の役者人生が始まったと思っています。
――完成したPVを拝見すると、完全にメインの役どころです。
小倉:確かにそうですね。オーディションではダンスをしました。監督が気に入ってくれて、出番も増えたと思います。実は最終オーディションの日に、闘病していた父が亡くなりまして。
――最終オーディションの日に?
小倉:オーディションから帰るときに、連絡をもらいました。とりあえず結果を待って、合格をいただいたので、「やるしかない」と。撮影日はちょうどお葬式の日と重なっていました。午前中だけ葬儀に出て、そのまま撮影に向かいました。
――お父様も喜んでくれているでしょうね。
小倉:将来について、そこまで話はしなかったんですけど、おそらく不安だったと思います。就職した方がいいんじゃないかと、「芸能に携わる仕事がしたいなら」と、制作会社の名前をリストアップしてきたこともありました。でも僕はずっと「役者をやります」という気持ちでいました。
――きっと今の活躍を見てくれていると思います。
小倉:まだまだ、父がギャフンと言うくらい頑張りたいし、見ていてほしいです。

