30代で、人は守りに入るのか。それとも、もっと攻められるのか。中島健人が選んだのは、後者だった。キャリア18年、ソロとして新たなスタートを切った今も、自らを「フレッシュな新人」と呼び、挑戦を続ける。その原動力に迫った──

◆30代は20代の100倍楽しい
「Sexy Zone」としてデビューしたアイドル・中島健人(32歳)。俳優業にも力を入れ、エミー賞受賞歴もあるフランク・ドルジャーがショーランナー兼製作総指揮を務める大型国際ドラマ『Concordia』(’24年)のメインキャストへの抜擢など、話題作への出演が続いている。順風満帆そうに見える人生だが、2年前の30歳でグループを卒業し、ソロとして闘う彼を襲ったのは、想像以上の孤独と重圧だった。──ソロとして歩み始めた今、一番変わったものは何ですか?
中島健人(以下、中島):逆にどう見えています?
──中島さんは何人いるんだろう、というほど幅広く活躍されている印象です。
中島:僕の計算で言うと、グループメンバー分くらい働いている感覚です。今は休みなく働かせてもらっています。
──そこは想定内でしたか?
中島:ここまではさすがに予想外の展開ですね。でもソロのアイドルとして生き抜くという覚悟を決めてはいたので、紆余曲折があったとしても、どんな修羅の道でもくぐり抜けてやろうという気持ちではありました。でも今は、その想定すら上回るくらい忙しくさせていただいています。僕はこの会社に18年いるんですけど、改めてこんなにたくさんの方にしっかりと求めていただけていることを、本当にありがたいと思っています。だから、あえて今はめちゃめちゃ新人のふりをしていますね。本当はベテランなんですけど、フレッシュなニューフェイスという感じでアイドルをやっています(笑)。
──YouTubeで話されていた、「グループを卒業することが正直怖かった」ということとも関係していますか?
中島:賛否両論がすごかったんです。この決断に対して、表層的な部分を見て悪として切り取られてしまうことがあって、そのことに苦しんでいたし、怖かったんですよね。そのときに抱いた思いを、(※1)ソロデビューアルバムのリード曲「ピカレスク」の歌詞に込めました。愛が朽ち果てたとしても、応援してくれている人や家族、自分の大切な人たちとは一緒にいたい。世間に悪と呼ばれても僕はそれだけは貫き通すよ、っていう歌詞なんですよね。精神的に苦しい時期でしたけど、だからこそあの歌詞が書けたので、今となっては必要な期間だったと思います。
──30代に入ってからの大きな環境変化は、価値観にも影響していますか?
中島:ありますね。今、20代よりも何倍も楽しいです。やっぱり自分の感情やクリエイティブにふたをしちゃいけないんだと思う。その分、疲れも大きいですけど、でもいい疲れ、という感じです(笑)。20代の自分と比較して、あの頃はこれができたのに今は……、ということは全然ないですね。でも今後の目標は、何歳でこうなってこの時代にはこれをやって、という具体的なものではなく、価値観としては“単純に最強になりたい”と思っています。
◆今は「セクシー」が僕を追いかけてきている

中島:後輩からも「セクシーサンキューって健人くんの専売特許ですよね」って言われます。それは嬉しいんですけど、実は僕自身はそんなに使っていないんですよ。もちろんバラエティで求められたときには“セクシー返し”もしますし、CMでも言わせてもらっている。でもそれも、ご注文をいただいたので、「なるほどわかりました。それでは私の伝家の宝刀を抜くといたしますか」ってことなんです。それ以外は、基本的には抜かないポリシーなんですよね。
──ご自身としては、セクシーが武器とかプレッシャーという意識はないんですね。
中島:そうですね。別にセクシーに頼らずとも生きていけていますし、むしろ今は「セクシーが俺を求め始めている」。どういうことかと言うと、昔は僕がSexy Zoneというグループを広めたいがゆえに、自分からセクシーを追い求めていた側だったんです。でも気づいたら「『セクシーサンキュー!』って言ってください」と言われる側になっていて、セクシーに追いかけられている。その状況から逃れるつもりはないし、求められている限りは言い続けると思います。ただ自分から触れることはほぼないよ、ってことですね。
──では、現在のコンセプトは?
中島:“ケンティー”ですね。僕は自分のことを、プロデューサーであるウォルト・ディズニーと、キャラクターであるミッキーマウスの共存体だと思っていて。ドリームランドの中でケンティーを主軸として、どんなふうにいろんなアトラクションを作っていくか。それは例えば、「(※2)IDOLICの魔法」と名前をつけたペンライトだったり、自分がプロデュースした香水だったりするんです。そのランドの中にはもちろん音楽があります。デビュー前のジュニアのコたちをプロデュースしたり、(※3)GEMNというコラボレーションユニットがあったり。GEMNには本当に感謝しているんです。ソロになって苦労していたときに自分を底上げしてくれたユニットだと思っているので、今後も期待してもらいたいです。

