「実家を売るしかない」と不動産会社へ向かうも…立ちはだかる“成年後見”の壁
「預金が駄目なら、もう誰も住まなくなる実家を売却して、そのお金を施設の費用に充てるしかない」
そう考えたサトシさんは不動産会社に相談を持ちかけました。しかし、そこでも厳しい現実が待っていました。
「現在の所有者はお母様ですので、お母様に売買の判断能力がない状態では契約を結べません。家庭裁判所で成年後見人をつける必要があります」
成年後見制度を利用すれば財産を動かせる可能性はありますが、手続きには数ヵ月の時間がかかり、専門家が後見人に選ばれれば毎月数万円の報酬が発生し続けます。すぐに入居費用を用意したかったサトシさんにとって、それは重い負担でした。
父は、残される母の生活を第一に考えて遺言書を作りました。しかし皮肉なことに、その思いやりが結果的に財産のすべてを凍結させ、目の前の介護費用すら払えない事態を招いてしまったのです。サトシさんは、動かせない資産を前にただ頭を抱えるしかありませんでした。
【弁護士が解説】「全財産を妻に」は合理的だが…生前対策は先を見据えて
父が「全財産を妻に相続させる」という公正証書遺言を作成したこと自体は、妻の生活を守るための対応として、十分に合理的だったといえます。実際、遺産分割協議を行わずに父の財産を母へ承継できたため、父の相続に関する問題は解決しています。
しかし、本件では、それとは別に「母が認知症により、自分の財産を管理・処分できない」という問題が残りました。父の遺言執行者に長男が指定されていても、その権限は父の遺言を実現するためのものであり、相続後の母の財産を自由に管理できるわけではありません。
本来は、母が判断能力を有するうちに任意後見契約を結び、必要な時期に長男などが任意後見人として動けるよう準備しておく方法が考えられました。すでに母の判断能力が失われている現時点では、家庭裁判所へ申立てを行い、法定後見人を選任してもらうほかありません。
相続対策では、一人の財産の行き先を決めるだけでなく、財産を受け取る家族の年齢、健康状態、判断能力まで確認する必要があります。中々難しいところもありますが、家族全体に残るリスクを見渡し、次に起こる問題まで想定して準備することが重要といえるでしょう。
山村 暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士
