「もうやめてくれ…」家族の絆を壊した〈1,200万円のタンス預金〉
観念したシゲルさんが金庫を開けると、そこには帯封のついた1万円札の束、総額1,200万円がぎっしりと詰められていました。アリサさんはそれを見た瞬間、顔色を変えます。
「私は長女なんだから、半分もらう権利があるはずよ」
「これは父さんが今後の介護費用のために残している大切なお金だ」とシゲルさんが事情を説明しても、らちが明きません。結局リュウイチさんを呼び出し、口論に発展しました。
互いの主張は平行線をたどり、シゲルさんが「もうやめてくれ」と懇願しても、ヒートアップするばかりです。
結局この日以降、アリサさんからの連絡は途絶え、実家の様子を見に来ることは一切なくなりました。リュウイチさんが話し合いを求めても電話すらつながらず、姉弟の関係は断絶してしまったのです。
シゲルさんは「俺がお金を隠し持っていたばかりに……」とひどく落ち込み、すっかり元気をなくしてしまいました。万が一の口座凍結に備え、手元に置いていたタンス預金。それが安心をもたらすどころか、家族の絆を壊す結果を招いてしまったのです。
【弁護士が解説】タンス預金は争族の火種に…確実に渡すなら「遺言書」を
シゲルさんが存命中である以上、金庫の1,200万円は父自身の財産であり、長女のアリサさんに現時点で「半分もらう権利」があるわけではありません。
その一方で、「長男に全部譲る」と口頭で伝えただけでは、ただちに長男のリュウイチさんの財産になるわけでもありません。介護を担う長男に多く残したいのであれば、遺言書などにより正式に意思を示し、長女の遺留分や税務も踏まえて整理する必要があります。
タンス預金そのものが違法なわけではありませんが、税金の支払いや複雑な手続きを避ける目的で利用し、相続時に申告すべき現金を隠せば脱税となり得ます。また、現金は取引履歴が残りにくいため、「誰のお金か」「なんのために保管したのか」「実際にいくらあったのか」をめぐって争いになりがちです。
相続後に一部の親族が持ち出したとして、不当利得返還請求などの訴訟に発展するケースも珍しくありません。一見便利な備えに思えても、盗難や紛失に加え、家族間紛争の火種になります。多額の現金を自宅に隠すよりも、財産目録と遺言書を整え、使途や承継方針を家族に説明しておくことが重要です。
山村 暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士
