◆甲子園では「野球だけに集中する選択」も尊重されるべき
ただ、逆の立場から考える余地もある。夏の甲子園は、全国からわずか49校しか出場できない舞台である。高校3年間を懸けてようやくたどり着いた場所なのだから、その期間だけは勉強をいったん忘れ、野球と仲間との時間にすべてを注ぐ。それもまた、十分に理にかなった考え方ではないだろうか。
3年生にとって、甲子園に立てる機会はもう二度と巡ってこない。一方、受験勉強は甲子園を離れた後にも続けることができる。「いましかできないことを優先する」という選択にも、確かに説得力はある。
だからこそ、この問題に一つの正解があるわけではない。
野球だけに集中するのもいい。空いた時間に参考書を開くのもいい。どちらを選ぶかは、本人たちが決めればいいのだ。
◆試合後の勉強は本当に対戦相手への失礼にあたるのか

もちろん、それと「勉強することは相手に失礼」という話は別だ。
グラウンドで手を抜いたのならともかく、試合後に参考書を開くことが、なぜ対戦相手への敬意を欠くことになるのか。そこには、私たち大人の側が作り上げた「高校球児とはこうあるべきだ」という像が入り込んではいないだろうか。
高校野球では、選手たちが野球に打ち込んできた日々や、最後の夏に懸ける思いがしばしばクローズアップされる。そんな高校生のひたむきな姿に心を動かされることも、甲子園の魅力の一つだろう。

