片目が見えなくても「障害者」にならない? 先天性失明の24歳が語る“健常者との境界線”のリアル

片目が見えなくても「障害者」にならない? 先天性失明の24歳が語る“健常者との境界線”のリアル

◆どうしても叶えられない夢

真面目に振り返ってみると、とかく怪我をしやすいことはひとつの悩みだったかもしれない。

中学時代には、距離感がつかめないがゆえに体育で年2回指の骨を折り(バレーとバスケでそれぞれ1回)、以後「球技はすべて見学」という学校直々の通達が出され、地元の整形外科で「また来たの?」と言われながら待合室のマンガを読み漁っていた。『NANA』は結局完結しなかったらしい。

もっと昔、小学生の頃は、左側のブロック塀に設置されていた消火器に気づかず、激突し派手に転倒、なんてこともやっている。膝にできた傷はなかなかのサイズであり、治った後も盛り上がってよく目立った。体育座りをしているときに指差して、「これ、さなぎ?」と聞いてきた友人はイカしていると今でも思う。

そういえば、現状の困りごととして1つ大きいものがあった。運転免許が取れないこと。正確に言えば「めちゃくちゃ頑張って視野の検査にパスすれば取れるらしいけど、流石に怖すぎるのでやめておきたい」が近い(遠近感も要領の良さもない人間が運転する車は凶器である)。

しかし、車という移動手段を排除した生活はちょこちょこ不便だ。たとえば『高嶺の花子さん』の主人公だったら詰んでいる。海に誘う勇気や車以前に、運転の権利がないのだから。黒魔術にでも手を出してしまうかもしれない。

そして免許が取れないということは、車を必要としない街、つまり都市部にしか住めないということだ。だから「犬と住む大きな一戸建て」とか、そういう夢は自動で来世にお預けとなる。大変残念だ。

◆周囲の支えで続く、平穏な日常

つらつらと書いてきたが、ぼくの生活は至って平穏である。

「片目が見えないのが障害認定されないのなんで?」とか、「両目とも見えなくなったらどうやって生きていこうかな」とか、色々考えることはあるけれども。

人混みで左側を歩いてくれる友人や、眼精疲労対策を考えてくれる同僚に助けられながら。

「右目の視力が下がった時は、コンタクトレンズが1つでいいしお得だな。メガネも半額にならないかな」とかアホなことを思いながら。

「障害者」と「五体満足」の間のどこかを、ぼくはふよふよと生きているのだ。

あの時左膝に出来た「さなぎ」は、年々薄くなりつつもまだ残っている。

蝶でも出てきてくれないかな、なんて、時々眺めながら思ったりする。

<TEXT/日向レマ>

【日向レマ】
2002年生まれ、茨城県出身。東京大学教育学部卒→同大大学院修了。現在はライター/心理職として活動中。様々なマイノリティ属性の当事者。関心のあるテーマは家族関係、障害、ジェンダー、メンタルヘルスなど。児童文学とカラオケが好き。X:@RemaHyuga
配信元: 日刊SPA!

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