かつてあった尊属殺人罪とは?規定がなくなった理由と親殺しの刑罰

かつてあった尊属殺人罪とは?規定がなくなった理由と親殺しの刑罰

3、尊属殺人罪の規定がなくなるきっかけとなった違憲判決

昭和48年に、最高裁判所で尊属殺人罪の規定が「憲法違反」であるという判決が言い渡されました。この判決がきっかけとなって尊属殺人罪の規定が削除されることになったのです。

子が親を殺害した事案ですが、まさに執行猶予をつけなければ、被告人にとってあまりにも酷なケースでした。以下で、事案の概要と裁判の経過、最高裁判所の結論をご紹介します。

なお、最高裁判決の全文はこちらでご確認いただけます。

参考:裁判所|昭和48年4月4日最高裁判所大法廷判決

(1)事案の概要

事案は、29歳の女性が実父を殺害したというものです。この女性は14歳のときから実父による性的虐待を受けていました。10年以上にわたって夫婦同然の生活を強いられ、その間に5人の子どもを出産しました。逃げ出そうとしても実父からの暴力によって連れ戻され、また、逃げると妹が同じ目に遭うおそれがあったことから、逃げ出すわけにもいかなかったのです。

やがて、この女性にも職場で出会った男性と正常な結婚をする機会がめぐってきました。しかし、実父は結婚に反対し、女性を自分の支配下に置き続けようとして、10日以上にわたって自宅に監禁し、脅迫や性的虐待を繰り返しました。

ついに女性は耐えかねて、忌まわしい境遇から逃れるために実父を殺害し、自首したのです。

(2)裁判の経過

第一審の宇都宮地方裁判所では、尊属殺人罪の規定は違憲であると判断し、通常の殺人罪の規定を適用しました。その上で、女性の殺害行為が「過剰防衛」に当たるとして刑を免除しました(刑法36条2項)。

しかし、第二審の東京高等裁判所では、一転して尊属殺人罪の規定は合憲であると判断し、過剰防衛も認めませんでした。最大限の減刑(心神耗弱減軽と酌量減軽)は行われましたが、懲役3年6ヶ月の実刑判決が言い渡されたのです。

そして、最高裁判所では、再び尊属殺人罪の規定は違憲であると判断し、通常の殺人罪の規定を適用しました。その上で最大限の減軽を行い、懲役2年6ヶ月、執行猶予3年の判決が言い渡されました。

結果として、被告人の女性は長期間勾留されたものの、実刑は回避することができたのです。

(3)最高裁判所の結論は「憲法14条違反」

最高裁判所は、尊属殺人罪の規定は「憲法14条違反」、つまり法の下の平等に違反するため無効だと判断しています。

尊属殺人罪の犯人が通常の殺人罪の犯人よりも重く処罰されることが法の下の平等に違反すると言っているわけではありません。尊属のことを尊重すべき、敬愛すべき、といった倫理観を維持するために重い刑罰を科すこと自体は不合理とはいえず、憲法14条に違反するものではないと述べています。

しかし、「死刑または無期懲役」のみという法定刑はあまりにも重すぎ、法律上許される2回の減刑を加えても刑の下限が3年6か月を下ることがない結果、いかに酌量すべき情状があっても法律上の刑の執行を猶予できないなどの点で、立法目的達成のために必要な限度を超え、合理的根拠に基づく差別的取扱として正当化できないとし、通常の殺人罪と比べて著しく不合理な差別的取り扱いに当たる、と判断しているのです。

現在であれば、尊属を殺害したケースとそれ以外の殺人のケースとで法定刑に差を設けること自体が、憲法14条違反に当たると判断される可能性もあるかもしれません。

この判決の補足意見でも、尊属とそれ以外を区別することが違憲であるという意見もあります(田中補足意見)。

いずれにせよ、この最高裁判決の後は尊属殺人罪の規定は適用されなくなり、判決から22年後の平成7年に削除されました。

4、現在における親殺し事件の刑罰の傾向

それでは、尊属殺人罪の規定がなくなった現在において、親殺し事件にはどのような刑罰が科せられているのでしょうか。

(1)一般的な殺人事件よりも刑が軽いことも少なくない

当然ながら、尊属を殺害したという理由で刑罰が加重されることはなくなっています。

被害者が尊属なのか第三者なのかということよりも、どのような動機や経緯で殺害に至ったのか、どのような方法で殺害したのか、といった事案の内容が重視されて、刑罰が決められています。

その点、情愛で結ばれているはずの親子間で殺人が起こる場合、やむにやまれぬ葛藤があり、第三者を殺害した事案とは比較にならないほど特別な情状が、背景にあることが多いものです。

そのため、親殺し事件では一般的な殺人事件よりも刑が軽いことも少なくありません。

ただし、そもそも殺人事件の法定刑は非常に幅が広く、量刑は事案の内容によって大きく異なります。

親殺し事件だからといって一般的に量刑が軽くなるわけではなく、重い刑罰が科せられた事例も数多くあります。

とはいえ、尊属殺人罪の規定が適用された場合に比べると妥当な量刑が可能になったことは間違いありません。

(2)介護殺人では執行猶予が付くことも

近年の親殺し事件では、年老いた親の介護に疲れ、あるいは将来を悲観して殺害に至るという「介護殺人」のケースがたびたび発生しています。

2006年7月に、認知症の母親を殺害した息子に執行猶予付き判決(懲役2年6ヶ月、執行猶予3年)が言い渡され、「温情判決」として社会的な話題となりました。覚えている方も多いのではないでしょうか。

この事例で被告人となった息子は、母親に対する深い愛情を抱き続けながらも、過酷な状況に追い込まれて万策尽き果ててしまいました。最終的に親子心中を決意して母親を絞殺したものの、自殺は未遂となり生き残ったという事案です。

先ほどの最高裁判例における女性のケースと同様、被告人に酌むべき経緯があるものであり、執行猶予つけるべき理由があります。

尊属殺人罪の規定がなくなったことで、妥当な量刑が可能になったといえます。

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