選びたい"未来"
「……でも、たのしかったのも本当なんだよ」
「分かるよ」
美咲はすぐにうなずいた。
「たのしかったから結婚したんでしょ?」
そう、たのしかった。笑い合って、くだらないことで盛り上がって…あの時間は、ウソじゃない。
「直人さんは?」
私は、息を詰まらせた。
「やさしい。誠実だよ。陽向にもちゃんと向き合ってくれる」
コーヒーの水面に小さな波紋が広がっている。そこに映った自分の顔が、どこか暗くらいのをみて、はっきりと気づいた。
「でも……なんか、たまに息苦しい」
美咲は、少し考えるように視線を上げた。
「それってさ…安心してるってことなんじゃないの?」
「え?」
「ドキドキとか、刺激とか、テンポの良さとかってさ…不安定さや緊張とセットなことが多くない?」
思わず顔を上げる。
「健吾さんといた時、たのしかったかもしれないけどさ、同時に不安もあったでしょ?」
たしかに、いつもどこかで気を張っていた。きげんをうかがっていた。飲み会の帰りを待ちながら、胸がざわざわしていた。
「直人さんは?」
美咲が問いかける。直人といる時間を想像する。どなられないし、不安になることもない。急に連絡が取れなくなることもない。
「……落ち着いてる」
「それが“安心”だよ。物足りないって感じるのは、波がないからかもしれない。でも、その波のなさってめちゃくちゃ大事だと思う」
何も言えない。胸の中で、何かがゆっくりほどけていく。
(刺激と安心…私は、どっちを求めているんだろう)
食事をおえ、店を出るころには、不思議と呼吸がかるくなっていた。
駅までの道を歩きながら、空を見上げる。
(何にゆれていたんだろう。健吾の“変化”に期待していた?それとも、過去のたのしかった自分に未練があった?)
答えは、少しずつ見えてきている。家に帰ったら、直人に連絡してみよう。ちゃんと、今の気持ちを話してみよう。そう思えた時、胸の奥のモヤモヤは、ほとんど消えていた。
私はもう一度、自分に問いかける。
(私が選びたい未来は…一緒に生きていきたいのは、どっち?)
その答えは、もう、ほとんど決まっていた。
あとがき:くらべてしまう心の正体
あたらしいしあわせを前にしたとき、なぜか過去とくらべてしまう──それは未練というより、「自分にとってのしあわせの形」をたしかめる作業なのかもしれません。
安心できる相手なのに、胸が高ならないことに戸惑う。たのしかった記憶がよみがえり、選ばなかった未来を想像してしまう。
けれど、くらべることで見えてくるものもあります。自分はどんな空気の中で笑っていたいのか。どんな日常なら、肩の力を抜いていられるのか。
まよいは遠回りに見えて、実は「納得できる選択」をするための大切な時間。真由が向き合っているのは、だれかではなく“これからの自分”なのかもしれません。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています
記事作成: tenkyu_writing
(配信元: ママリ)

