●WBCはネトフリで…ドラマもスポーツもバラエティも配信に負けた
しかし、この閉塞感は、フジテレビに限らない。フジテレビ固有の問題のさらに下層には、「テレビ局に在籍し続けることの魅力が低下している」という構造的な問題がある。
言葉を変えれば「地上波キー局のパワーが、絶対的にも相対的にも低下している」という問題である。
象徴的なのが、Netflixが独占配信するWBCだった。しかも視聴者は「NetflixでWBCを見てみたら快適だった」という体験をしてしまった。
テレビ局のドラマより、配信のドラマのほうが面白い──そんな評価はすでに常識となりつつある。スポーツも同様だ。WBCをきっかけに知った「配信の方が快適だ」という体験はテレビにとって、今後大きな逆風になる可能性がある。
バラエティでも、Netflixの『ラヴ上等』など配信作品からスマッシュヒットが生まれている。地上波の優位性は崩れ去ったのだ。
●「地上波キー局局員」の肩書きだけでは生き残れない
もはやテレビ局に所属していることが「テレビ人としての最高環境」であるとは言えなくなってきた。
「面白い番組をやりたいなら、むしろ早めに局をやめるべきだ」
こうした価値観が、ここ1〜2年で急速に主流派になりつつある。かつてのような高い給与や待遇、手厚い経費は過去の遺物だ。テレビ局にはかつてほどの魅力はなくなってきている。
魅力の低下は、当然ながら「ブランド価値の低下」も意味する。かつては「地上波で働いています」と言えば「最先端ですね」「すごいですね」と尊敬のまなざしを向けられた。しかし、いまはそうした反応をしてくれる人はほとんどいない。
テレビ業界全体への不安もあってか、最近では、セカンドキャリアとしてテレビ局や映像以外の職種を選ぶ動きが目立つのも、そのような背景からだろう。
「この人はすごい」と個人単位で認められなければ、生き抜いていける保証はほぼなくなった。「地上波キー局局員」という、もはやダサい肩書きにしがみつくことは、むしろブランド戦略上マイナスになりかねない時代になっている。
業界が一層不安定になり、先行きが見えなくなった今「フジテレビ問題以降」、頼れるのは「セルフブランディング」だけになりつつある。
若手アナやスタッフが次々と局を去る現象は、テレビ業界が直面する根深い構造不況と、個人の生存戦略がぶつかり合った必然の結果といえる。

