息子の新がハイハイをはじめ、ゴミ屋敷は「いのちの危険」の場へ…。節子に片付けを訴えるも、「神経質」と一蹴される。キッチンさえうしない、涙する春子に、夫の敦朗がようやく別居を提案するのだった…。
わが子のことを心配する私は「神経質」?
新がいよいよハイハイを始め、目につくものを口に入れるようになると、私の精神状態はついに臨界点を超えました。
以前は「ちらかっている」という視覚的なストレスだけでしたが、今は「いのちの危険」を感じる場所へと変わったのです。
床をはう新の視線でこの家を見わたせば、そこは地獄そのものでした。
棚のスキマに落ちている小さなさいほう道具のボタン…。いつのものか判別不能なせんべいのかけら。湿気を含んで、丸まった古いレシート。そして、時折カサカサとはい出してくる黒い虫の影……。
「お義母さん、この新聞紙の山、今日こそ捨ててもいいですか? 新がつかまり立ちをしてくずれたら、本当にけがをします。すべってころぶのもこわいですし」
私が意を決して、新聞の束を抱え上げると、奥の部屋から節子さんが飛んできました。
「ああ〜いけない、それはダメよ春子さん! 後で大事な記事を切り抜くんだから、そこにおいておいて。春子さんはちょっと神経質すぎるんじゃないかしら?そんなにピリピリしてたら、新くんにも伝わっちゃうわよ」
(神経質…)
その言葉がむねに突き刺さりました。
私はただ、自分の子どもを、清潔で安全な環境で育てたいだけなのに…。義母にとっては、私の切実な願いも「若嫁の過剰なこだわり」として処理されてしまうのです。
ゴミ屋敷で疲弊する心
脱ぎ捨てた服や出しっぱなしにしたつめ切り…飲みかけのペットボトルを拾い集める日々…。
朝に片付けた場所が、昼には義母が買ってきた「掘り出し物」で埋まる。
その不毛なループに、私の心は次第に疲弊し、感情が死んでいくのを感じました。
「……もう、むり」
決定的な瞬間は、ある日の夕方でした。
新を背負いながら、夕食の準備をしようとキッチンに立った時…調理台の上には、義母が買ってきた大量のジャガイモと、読みかけの雑誌、そして、盆栽の道具が置かれていました。
まな板を置けるスペースは、10センチ四方ほどしか残っていませんでした。
それを見た瞬間、ダムが決壊したように、涙があふれて止まらなくなりました。義母へのこれまでの感謝や尊敬の念は、汚泥のような嫌悪感に飲み込まれて消えていきました。

