●「自分を大切にすること」を学ぶ
この赤ちゃんの父親が誰なのかという問題もあります。
もし相手が年上や成人だった場合、妊娠の可能性を理解しながら未成年と関係を持っていた可能性があります。少女を大切にしよう、という気持ちがあったとは言い難いでしょう。
そうした事情を考えれば、少女に本当に必要なのは「命の大切さ」を説くことだけでなく、まず自分自身を大切にすることを学ぶ機会です。
家庭裁判所を通じて保護処分になる可能性はあると思いますが、そもそも家庭内で相談できなかった背景も含めて、社会全体でどのように支援していくのかを考える必要があります。
このような少女を罪に問うのは行き過ぎです。刑罰を科すほど悪質性がある場合はともかく、孤立した少女本人が被害者とも言えるからです。
●「胎児の命」だけを強調すべきではない
「赤ちゃんの命を大切にすべきだから、厳しく罰するべきだ」という声もあります。
もちろん、無事に生まれた後に命を落としたのであれば、保護責任者遺棄致死や殺人などの重い罪になります。
しかし、そもそもその子が「望まれて生まれてくる状況だったのか」という背景にも目を向けなければなりません。
自分で胎児を堕ろす行為を処罰する「自己堕胎罪」は、現在でも刑法上存在しますが、実際に適用される例は極めて少なく、刑罰も軽めです。出生直後の子どもの命を奪ってしまう罪も、通常の殺人より軽くなっています。
こうした刑法の規定とのバランスを踏まえると、「胎児や生まれたばかりの赤ちゃんの命」だけを強調しすぎて過度に厳しい処罰を求めるのは妥当ではない、と考えます。

