シリコンバレーの法律事務所で目にした「スタートアップ側につけ」という実務スタイルに衝撃を受け、日本でのスタートアップ・エコシステム構築に邁進してきた増島雅和氏(BUSINESS LAWYERS AWARD 2025 スタートアップ支援部門賞、主催:弁護士ドットコム)。金融庁での政策立案経験も生かし、フィンテックやディープテック分野で起業家を支え続ける原動力と哲学を聞いた。
●ITバブルに一線ひいた学生時代
「Windows 95」が登場するなどインターネットが爆発的に普及し始めた頃、後に時代を牽引することになる同世代の起業家たちが、ブラウザ越しに世界とつながる熱狂の渦へと飛び込んでいった。
だが、元来テクノロジー好きだった増島雅和氏の目には、その景色が少し違って映っていた。「私は既にパソコン通信やアマチュア無線を通じて、地球の裏側のブラジルの人々と話すといった経験を持っていました。ネットは面白いけれど、新鮮な驚きよりもどこか冷静な感覚を持っていたのかもしれません」
周囲が起業し、「一緒にやろう」という話もあった中、その一線を超えることができなかった。「皆が『そちら側』へ行こうとしているのに、行かない自分は一体何なのか。それはある意味、起業家になれなかったという挫折の経験でした」
それでも、懸命に走る起業家と関わりたい。プレイヤーになれなかった自分に何ができるか。考えた末に選んだのが「法律」の道だった。
●「文化ではなく論理」米国での気づき
弁護士となって数年後に米コロンビア大学へ留学し、その後シリコンバレーの法律事務所で働いたことが転機となる。そこで目にしたのは、日本では考えられない実務スタイルだった。
「ビジネスローの世界では『資金力のある側につけ』が鉄則とされますが、彼らは『投資家とスタートアップがいたら、スタートアップ側につけ』と言うのです。共に成長するモデルを目の当たりにし、これこそが私のやりたいことだと確信しました」
現地の実務を解剖していくと、シリコンバレーの活況は、精緻な計算の上に成り立っていることに気づいた。「非上場株式市場が拡大再生産されるメカニズムが組み込まれており、すべてがファイナンスのロジックで説明できる。文化や風土の違いではなく、経済合理性(エコノミクス)に基づいて機能していたんです」
それならば日本でも同じ仕組みが作れるはず。そう確信して帰国したが、待っていたのは「日米では土壌が違う」という定説と、リーマン・ショックによる「冬の時代」だった。そんな折、金融庁が弁護士を募集していると知る。「あえて自分がやらない」と決めていた未経験の保険分野。「このタイミングでの縁に、何か意味があるのでは」と直感して飛び込んだが、この決断が視座を劇的に高めることになる。
内部で目にしたのは、国益を第一に業務外でも学び続ける官僚たちの姿だった。彼らと共に、「大きすぎて潰せない(Too Big To Fail)」金融機関の破綻処理計画の策定など、業態を横断する制度設計に没頭した。個別の紛争解決ではなく、産業全体のアーキテクチャを描く「政策思考」はここで培われた。
また、金融庁時代の2011年には、スタートアップ向けのブログとして、資金調達の知見を公開し始めた。東日本大震災を機に「明日は今日の延長ではない」と気づき、社会課題解決に立ち上がった若者たちを法務の面から支えたのもこの頃からだ。

