歩けないほどの関節炎から始まり、当初はリウマチと診断された畑中さん。2年後に、原因不明の高熱などの症状が出て「全身性エリテマトーデス(SLE)」と判明。長年にわたり病と闘ってきました。全身性エリテマトーデスは難病に指定されており、症状も人によってさまざまです。畑中さんにとっての全身性エリテマトーデスとは、どのようなものなのか……。半生を振り返ってもらいました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年9月取材。
体験者プロフィール:
畑中真由美
1965年生まれ、長野県在住。1児の母で夫と3人家族。1986年、製造業に勤務していた当時に全身性エリテマトーデスを発症。1991年に結婚し、翌年に出産。発症時は自己免疫疾患の治療でよく使用されるプレドニン(プレドニゾロン)を30mg服用しており、現在も量を減らして服用を継続中。病気の症状は落ち着いており、週2日の仕事と家事をこなしているものの、薬の副作用と思われる「うつ症状」に悩まされている。
実は難病の症状だった
編集部
「全身性エリテマトーデス」によって、畑中さんにはどのような症状が出ましたか?
畑中さん
発症から5年間は、顔と腕の皮膚に赤い紅斑(こうはん)ができました。今は薬の服用により、その症状は出ていません。当時から継続している主な症状は倦怠(けんたい)感ですね。薬の副作用と思われる、うつ病も発症しています。
編集部
全身性エリテマトーデスと診断されるまでの経緯を教えてください。
畑中さん
診断される2年前に歩けないほどの関節炎に襲われました。当時はリウマチと診断され、環境を変えたら関節炎は治ったものの、貧血と倦怠感はその後も続いて……。さらに原因不明の高熱も続き、顔に蝶形紅斑(ちょうけいこうはん)と呼ばれる、頬の両側に羽を開いたチョウのような左右対称の赤い発疹と、腕に紅斑が出ました。さすがに不審に思い、大学病院を受診したところ、すぐに全身性エリテマトーデスと診断されたのです。
編集部
病名が分かるまでに2年ほどかかったわけですね。医師からは、どのような説明を受けましたか?
畑中さん
一生治らない病気なので病気とうまく付き合っていかないといけないことや、治療に使用する薬の副作用でうつ症状が出てくることを説明されました。また、「私生活では無理をしないように」「風邪をひかないように」「日光に当たると紅斑ができるので、なるべく日差しを避けるように」とも言われましたね。
今までのように働けないという絶望
編集部
診断された時の心境を教えてください。
畑中さん
仕事ができなくなるかもしれないという心配と、働けなくなったらどうしようという経済的な不安を感じました。まさに「絶望」という一言がふさわしかったと思います。
編集部
発症当時から現在まで、どのような治療を行いましたか?
畑中さん
プレドニン(プレドニゾロン)というステロイドを今もずっと服用しています。診断当初は30mgでしたが、10年前くらいからは5mgに減らし、起床時の体調が改善されて楽になりました。
編集部
時間をかけて薬の量を調整したわけですね。
畑中さん
はい。診断されてから10年ほどは、入院を繰り返して薬の量を調整しました。薬の量を増やすと、モヤモヤとした自分の体じゃないような感じになり、朝は特につらかったことを覚えています。一時は皮膚炎に悩まされたり、内臓に水がたまったりという症状があったものの、薬によりその症状も治まりました。
編集部
今、最もつらいと感じる症状は何ですか?
畑中さん
倦怠感です。日によって度合いは違いますが、何もかも仕事が手につかないときもあります。毎日のことなので、副作用なのか、うつ症状なのか、ほかの病気なのか分からないというのもつらいですね。関節痛もあるので、体を動かすのがなおさら大変な日もあります。
編集部
体調が悪い日は、どのように過ごしていますか?
畑中さん
理解のある職場なので、症状がひどいときは、仕事を休ませてもらっています。主人も家事などを代わりにやってくれるので助かっていますね。
編集部
病気になって、特に困ったことがあれば教えてください。
畑中さん
無理をしているのか、していないのかの自己判断が難しいことですね。健康時とは感覚が違うので、自分の限界が分からず困っています。
編集部
発症前と発症後で生活に変化はありましたか?
畑中さん
ありましたね。発症前は仕事バリバリの自称キャリアウーマンでしたが、発症後は仕事も家事も以前のようにできなくなってしまいました。まるで違う体になったように感じています。

