弁当の配達先で、1人住まいの70代男性、K山さんに会いました。しっかりとした暮らしぶりで、こういう方ならずっと自立した生活を続けられるだろうと思えたのですが……。私は弁当配達のパートを通じ、さまざまな高齢者と出会いました。老いと向き合いつつ、日々を過ごす様子に、いつも心が揺さぶられます。もしかすると、家族や親族さえ知らないかもしれない、そんな高齢者の日々の実態を垣間見た、弁当配達員の体験談です。
きちんとした暮らしぶりのK山さん
K山さん宅への弁当配達が始まった当初は、配達のたびに緊張しました。がっしりとした体型で声も大きく、どこかしら威圧感のある方で、注意事項が多かったからです。「配達時間がいつもより10分も遅れるなら、連絡をしてくるべきだろう?」「車は家の前には停めないでくれ」「容器の素材があんまり好きじゃない」などなど。
ただ、お話してみると、どれも理由のあるご意見だったので、できることには対応し続けてきました。やがて信用を得ることができたのか、あれこれと言われることはなくなりました。弁当を渡し、受け取るというやりとりの中、K山さんはいつも快活に「おう、ありがとう!」と声をかけてくれるようになりました。
落ち着いてみると、K山さんの暮らしぶりはいたって几帳面で、庭はいつもきれいに掃かれ、花壇には小さな花が咲き、庭の隅には毎日1人分の洗濯物が丁寧に干されていました。月末には必ず、弁当の代金がお釣りの要らない状態で用意されていました。
1人の生活を淡々と過ごされており、強い方だなと感じました。私は、K山さんはこのまま10年ぐらいは変わらずに生活していけるのではないかなと思っていました。
衰えの兆しと珍しい頼み事
K山さんのご家族については、遠方に娘さんがいらっしゃるとちらりと話されていましたが、家でK山さん以外の人の姿を見かけたことはありませんでした。それでも、K山さんから弱音を聞くこともなければ、困っている様子を感じたこともありませんでした。
しかし、K山さんへの配達を始めて3年が過ぎたころ、変化に気付きました。玄関まで出てくる足取りが少しずつ遅くなっていたのです。壁に手をつきながら、どこか体も不安定な様子。そのころ、近所を散歩されている姿をよく見かけるようになりました。足の衰えを感じ、「頑張らなくては」と意識して歩かれていたのかもしれません。
そんなある日、「ちょっと、いいかな?」と声をかけられました。台所の吊り戸棚の中の物を下ろしてほしいと言うのです。一瞬驚き、迷いました。K山さんから弁当のこと以外で頼み事をされたのは初めてでした。配達員は原則として家に上がらないことになっていましたが、断ったらK山さんは困るのだろうな、と想像できました。
「わかりました。ちょっと待っててくださいね」K山さんに声をかけ、私は弁当店の店長に連絡を取りました。店長は、「簡単なことなら対応してあげて」と許可をくれました。私は、玄関を上がり、K山さんの案内を受けて台所へと進みました。

