無意識に踏み込んでくる距離感
ある日のこと。
幼稚園の保護者会で、イベントの係を決める話になった。
先生が困ったように言う。
「どなたか、お手伝いしていただける方は……」
教室が、しん……と静まり返る。
みんな目をそらしている。
そのときだった。
「じゃあさ」
藤川さんがぱっと手を挙げた。
「真帆ちゃんと私でやろうか?」
突然名前を出されて、私はびっくりした。
「え?」
「真帆ちゃん、こういうの得意そうだし」
にこにこしながら言う藤川さん。
周りのママたちも安心したように言う。
「助かる〜」
「ありがとう!」
気づけば話はどんどん進んでいき、私はそのまま係になっていた。
帰り道。
藤川さんは悪びれる様子もなく笑った。
「ごめんね、いきなり名前出しちゃって」
「いや、大丈夫だけど……」
「でもさ、誰もやらない空気だったじゃん?」
「うん。だけど……」
「だったら、ちゃっちゃと決めた方が早いかなって」
あっけらかんと言う。
確かにその通りかもしれない。
でも──
「まあ、真帆ちゃんなら大丈夫でしょ」
軽く言われたその一言に、少しだけ引っかかった。
また別の日。
公園でママたちと話しているときのことだった。
「うち今さ、車買い替えようと思ってるんだよね」
藤川さんがそう言った。
「え〜いいなぁ」
「旦那にさ、『ファミリーカー欲しい』って言ったらさ」
藤川さんは笑いながら続ける。
「『まだ乗れるじゃん』って言うわけ」
周りのママたちが苦笑する。
すると藤川さんは、肩をすくめて言った。
「だからさ、『じゃあ子ども送迎全部あなたやってね』って言ったら」
「え?」
「次の日、ディーラー行くことになった」
藤川さんは得意げに笑った。
「男なんてさ、ちょっと追い込めば動くんだよ」
その言葉に、周りのママたちは
「藤川さんらしい〜!」
と笑っていた。
でも私はなぜか、その笑いにうまく混ざれなかった。
──なんだろう。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
藤川さんは明るいし、頼れる人だ。
でも時々、相手をぐいっと押し切るような強さがある。
それが、少しだけ気になっていた。
──そして、今。
「旦那さん、建築士でしょ?」
藤川さんの言葉が、頭の中でよみがえる。
「この図面、ちょっと見てもらえない?」
私は歩きながら、ため息をついた。
もしかして、あの違和感は──ずっと前から、始まっていたのかもしれない。
あとがき:小さな違和感の積み重ね
人との関係の中で感じる違和感は、突然生まれるものではなく、少しずつ積み重なっていくものかもしれません。藤川の言動は一つひとつ見れば些細なものですが、真帆の中では確実に引っかかりとして残っていました。「頼れる人」という印象の裏側にあったものとは何だったのか──。その正体が、次第に明らかになっていきます。次回、真帆はこの“お願い”にどう向き合うのかが描かれます。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています。
記事作成: tenkyu_writing
(配信元: ママリ)

