子どもは11人!?絵具に散財した大家族の父
ヨハネス・フェルメール《青衣の女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
高価な絵具をふんだんに使えるフェルメールはお金持ちだったのか?
と気になりますが、一時はたしかに余裕があったようです。記録のある作品数から逆算すると、年に数点しか絵を描いていないのに、裕福な義母やパトロンのおかげで画家として暮らせていました。
しかし恵まれた状況はそう長くは続きません。戦争による不景気でオランダの絵画マーケットは失速。義母もそれほど裕福でなくなり、大パトロンも死去…。苦境に陥ったフェルメールには子どもが11人もいたとされ(数え方によってはもっと多くなる)、生活は苦しくなるばかりでした。
フェルメールの墓石 Ввласенко • CC BY-SA 3.0, Public domain, via Wikimedia Commons.
絵具どころかパン屋に借金を作るほど状況は悪化し、首が回らなくなったフェルメールは40代前半という若さで死去。死因は不明ですが、借金地獄のストレスもあったのではないかと言われています。負債を抱え込んだ妻も自己破産を免れませんでした。
芸術家の理想と現実のはざまで…
ヨハネス・フェルメール《地理学者》, Public domain, via Wikimedia Commons.
フェルメールは資料が少なく、人物像は謎に包まれています。絵画の静かな印象から、本人も慎ましい人だったのかな? と感じる一方、高価な絵具をドバドバ使った男ですから、とんでもなく尖ったイキリ野郎だったんじゃないか、という気も…。
一家の父としてはダメダメに思えるフェルメール。ですが、画家としては別格と言えます。ウルトラマリンという最強の武器がなくても、フェルメールは一流の画家として歴史に名を残したのではないでしょうか。
天然ウルトラマリン, Public domain, via Wikimedia Commons.
彼は時間という限られた資産を投じ、1枚1枚を丁寧に制作。ときにカメラ・オブスキュラを使って正確な空間の把握に努めたのも、完璧な1枚を目指したからでしょう。至高の絵画のために、フェルメールは決して妥協をしませんでした。
ヨハネス・フェルメール《絵画芸術》, Public domain, via Wikimedia Commons.
「莫大な借金を抱えた」というと聞こえは悪いですが、裏を返せば「大金を貸してくれる人がいた」ということ。それはフェルメールが画家として信頼されていた証だ、と見る向きもあるのです。
芸術に情熱を注ぎすぎ、返しきれない借金をこさえたフェルメール。その絵画は静かで柔らかな光に満ちていますが、生活を顧みない画家の狂気が眠っているのかもしれません。
