変態文学大学生・吉行ゆきのさんにインタビュー
村上春樹は変態なのか―
北海道大学の文学院で小説や漫画のポルノグラフィを研究している吉行ゆきのさんに、『羊をめぐる冒険』を読んでもらい、村上春樹を変態の角度から考察してもらった。

スタッフA:いわゆる変態文学大学生というお立場からして村上春樹の変態ポイントはどこになりますか?
吉行:それはもう「生活臭」。私、村上春樹の『羊をめぐる冒険』の中で一番変態っぽさを感じたのは「匂い」の部分で。なんか途中フェイントで耳フェチみたいな出してくるじゃないですか。あれ私フェイントだと思ってて。
スタッフA:耳はフェイントなんすか…!
吉行:私フェチ系の文学好きなんで、川端康成の『片腕』とか、谷崎で言うと足系のフェチとかよく読むんですけど、なんかどうも耳に対する執着があまり感じられなく思って。そのかわり「匂い」の描写がマニアックだなって。特にいい匂いとか官能的な香りじゃなくて「日常の匂い」「生活臭」みたいなものがすごく匂い立ってくるというか。
古道具屋で買い込んできた年代もののソファーは布地に顔を近づけると古い時代の匂いがした。彼女の柔かい体が、そんな匂いと溶けあっていた。 『羊をめぐる冒険』(p.193)
戦前から使われているような古いソファーだったが座り心地は良かった。柔かくもなく固くもなく、体になじむ。人の手のひらのような匂いがした。 『羊をめぐる冒険』(p.320)
吉行:古い時代の匂いと女性の体臭が溶けあってそれはいい匂いなんだろうか…みたいな。あと人の手のひらのような匂いって、なんかちょっと臭そうじゃないですか、普通からすると。
スタッフA:確かに…
吉行:それと、鼠のところを訪ねていった時に「便所の芳香剤がいいバーのジンライムの匂いがした」みたいな。
便所に入れてある香料の箱からは上品なバーで飲むジン・ライムのような香りが漂っていた。 『羊をめぐる冒険』(pp.330-331)
吉行:いい匂いなんだろうけど便所って書いてるし(笑)せめてお手洗いとかだったら分かりますけど…
スタッフA:便所とジンライムの組み合わせはすごい…
吉行:生活臭を演出するための描写もすごくて。「らくだ色のセーターを着た人が絆創膏をむしるように文庫本をめくってる」んですよ。
我々の他にはらくだ色のセーターを着た老人と、四歳くらいの男の子をつれた母親がいるだけだった。 (中略) まるで絆創膏をむしりとるような感じでページをめくった。 『羊をめぐる冒険』(pp.282-283)
吉行:なんか嫌だな、みたいな(笑)だけどそうやって生活臭を演出するために結構いろんなものの描写が積み重なってる感じがして。お部屋の描写とかも綺麗な感じよりは生活が息づくような描写が多かったり、水回りの描写が多かったり。生活に寄った匂いの感じがしますね。
スタッフA:確かにジェイズバーでも水回りの描写、多いですね。
「我々は性交した」から見えるフェティッシュな欲望

吉行:あとプラスで怪しんでいるのは、性に関してすごく事務的な感じじゃないですか。今回の作品は特に。
我々はホテルに帰って性交した。性交ということばが僕はとても好きだ。 『羊をめぐる冒険』(p232)
吉行:我々は性交した(笑)さっきから結構流行りワードになりつつありますけど、自分の中で。
スタッフA:流行りワード(笑)
吉行:もうとにかく「性交という言葉が好き」ということが直接的に出てきますよね。事務的に、惰性でやってる感じとかがはっきりと。あと最初の方に、「セックスの目的は自己療養行為か暇つぶしか」みたいな。
女の子と寝るというのは非常に重大なことのようにも思えるし、逆にまるでたいしたことじゃないようにも思える。つまり自己療養行為としてのセックスがあり、暇つぶしとしてのセックスがある。 『羊をめぐる冒険』(p.41)
おそらく僕は日記をつけておくべきだったのだ。少くとも手帳にしるしだけでもつけておくべきだったのだ。そうすれば僕は四年間に僕が行ったセックスの回数を正確に把握できたのだ。僕に必要なものは正確に数字であらわせるリアリティーなのだ。 『羊をめぐる冒険』(p.227)
吉行:あくまで快楽じゃないみたいな。あと「セックスの正確な回数を所有したい」みたいな。うん、何そのキモいのと(笑)そういう部分がもしかして逆にフェチ?みたいな。感情を排した性みたいな部分にフェティッシュな欲望を感じていたりするのかな。
スタッフA:でも本当、吉行さんしか出せない変態ポイントですね、「匂い」。
吉行:どこか臭そうな…臭そうっていうか、「人んちの匂い」とかあるじゃないですか。あの系の。だからたぶん、人の握ったおにぎりを食べられない人は読めないんじゃないかと思ったりしましたけど。あ、私はへっちゃらなんで。全然誰が握ったおにぎりでも食べるんで(笑)

