外国にルーツを持つ子どもが、日本で暮らす中で直面する「在留資格」の問題。制度のはざまに置き去りにされるケースは少なくない。
そうした子どもたちを法的に支援する弁護士グループの一員として活動しているのが、韓泰英(はん・てよん)弁護士だ。
「法律や制度を扱うものの、弁護士の仕事は一対一、人と人とのやりとりです。どこまでいっても相手との関係が大切なので、相談者の話をよく聞いて考えたうえで、裁判所や交渉相手とやりとりしたいと思っています」
そう話す韓さんは、日本人・外国人を問わず、制度のはざまで取り残されることがないよう、個人の尊厳を守ることに注力している。
一人ひとりの人格権、幸福追求権が侵害されないために何ができるのか──。自身も悩みながら道を探り続ける韓さんに、これまでの歩みを聞いた。(取材・文/塚田恭子)
●悩む自分に刺さった『だから、あなたも生きぬいて』
東京で生まれ育ち、義務教育から高等教育まで日本の学校に進学した。
在日コリアンの家庭だったが、韓国語を使うことや、朝鮮・韓国の文化に触れる機会はほとんどなく、周囲に同じルーツの人がいる環境でもなかったという。
「ただ、通名を持たない私は、学校で新学年が始まると『いつ日本に来たの?』『日本語上手だね』と聞かれるわけです。同級生は純粋な興味から質問しているのですが、名前で注意を引くことが恥ずかしくて、自己紹介は得意じゃありませんでした」
自分はどうしてここにいるのか。小学校の頃から考え、自問していた韓さんが、弁護士という職業を意識したのは10代前半だった。
「中学生のときに大平光代さんの『だから、あなたも生きぬいて』を読んだんです。
いじめに遭って自殺未遂を図り、道を外し、極道の妻になったけれど、自分に本気で向き合ってくれる人との出会いによって生き直す。そして弁護士になってからも、自分と同じような境遇に悩む子どもたちに寄り添う大平さんの生き方がすごくいいなと思って。
それが、最初に弁護士という職業を意識したきっかけでした」
高校入学前後に読んだ、金城一紀さんの直木賞受賞作『GO』も、自分を考える契機となった。
「国籍や民族といった問題が、『在日』の置かれた立場や歴史を踏まえつつ軽快に語られていて、法律的な視点から自分のことを考えるきっかけになりました」
2000年代前半は韓国ドラマ『冬のソナタ』をきっかけに韓流ブームが起きた一方、その反動で“嫌韓”も台頭。漫画『嫌韓流』が売れ、匿名掲示板文化が広がり始めた時期でもある。
「世間には自分たちをこういう目で見る人がいて、こういう本がベストセラーになり、掲示板に差別的な書き込みがされる。実際、漫画や掲示板の書き込みを読んだときは、言葉にならないほど衝撃を受けました。
自分の足場がなくなるような感覚になりましたが、当時はそのしんどさを誰かと共有することはできませんでした」
●公共性の基礎にあるのは「個人の尊厳」
司法試験を念頭に法学部に入学後、関心を持ったのが憲法だった。
「大学で最初に学んだ法律は憲法でした。憲法14条1項に書かれた『すべて国民は、法の下に平等であって……』を読んだとき、そうか、自分は国民ではないんだ、と。
憲法のゼミで平等条項について発表したり、ロースクールで外国人の人権に関する論文を書いたりしましたが、生きていく中でいろいろな壁にぶつかり、悩みながら弁護士になったという感じですね」
社会と折り合いがつかない人の力になれればという中学時代の純粋な思いから、紆余曲折を経て弁護士になった韓さんは、弁護士で憲法学者の遠藤比呂通さんの言葉に支えられたと続ける。
「公共性とは法律や制度が定めるものではなく、そこから排除されている人たちの声を聴くこと。その人たちの立場から見ることでしか、理解できないものではないか。
公共性の基礎にあるのは『個人の尊厳』だという遠藤先生の言葉は、ずっと自分の胸に刻まれています」

