娘に伝えたかったレモンの味から始まった
江口さんのレシピには、プロの感覚からすると「こんなに入れちゃうの?」と思うほど素材をたっぷり使う場面がある。レモンケーキなら果汁をこれでもかと染み込ませ、バナナブレッドなら真っ黒になるまで熟れたバナナをふんだんに使う。その理由の一つに、娘への思いがあった。
「香料じゃないレモンの味を、このレモンケーキは子どもに伝えたかったっていうのは正直あります。なのでレモンってこうやって搾って、いっぱい果汁を染み込ませるんだよっていうのは、ある意味食育として教えたレシピなので」
自分の娘に伝えたくて作ったレシピが、YouTubeを通じて見知らぬ誰かの食育にもなっていく。それが、江口さんが一般向けにレシピを公開し続ける動機の原点にある。
「僕のYouTubeを見た人がお菓子屋さんに行ったりとか、子どもにケーキを作ったりとか。そうすることによって未来のパティシエが育つじゃないですか。プロの講習会は今パティシエをやっているプロが見るんで、それは他のシェフにやってもらって、僕はその業界の裾野を増やしたいんですよね」
「絶対失敗させない」設計の哲学
裾野を広げるためには、誰でも作れるレシピでなければならない。だからこそ、設計に徹底的にこだわる。
卵を0.8個分、バナナ92グラムという表現は使わない。卵のサイズも何でもいい。「8の字が描ける状態まで」という工程表現も排除した。一方で絶対に外せない工程は決まっている。
「焼くときは予熱を10度高めにして。粉は絶対3回振るうこと」
書籍でも同じ思想が貫かれている。見開きをまたいで工程が続くのを禁じた。手が汚れた状態でページをめくれないからだ。
「絶対失敗させない、みんながおいしいと思ってもらえるものを考えると、ああいう材料の使い方になるというか」
ただ、YouTubeは理想だけで続けているわけではない。7年分のデータはそのまま経営に直結する。店舗スタッフの「あれを売った方がいい」という意見にはバイアスがかかる。Googleから引っ張るYouTubeのバックデータに感情は入らない。
「全然売り上げに影響しますもん」
理想と現実、両方を走らせながら、7年間続けてきた。

