数年前、知り合いから頼まれたのをきっかけに、高齢者向けに見守りも兼ねた弁当配達のパートを始めました。私自身、50代で、同居している義両親や、遠方の実家で1人暮らしをしている母の介護に日々不安を感じています。そんな中、ある高齢者宅への弁当配達が始まったのですが、ある時点からその家の中は張り紙だらけになってしまいました。これは高齢者の暮らしぶりを垣間見た、弁当配達員の体験談です。
夫婦の穏やかな日々
昭和末期に造成された住宅地の一角に建てられた一軒家、Aさん夫婦への弁当配達が始まったとき、注文は夫婦2人分でした。体が不自由でほとんどをベッドで過ごす奥様用の弁当は、少量ながら栄養価の高いもの、ご主人用にはボリューム感のある弁当をご希望でした。呼び鈴を押すと、毎回ご主人が玄関まで出てこられて、「はい、ありがとう」と、穏やかな微笑みとともに弁当を受け取ってくださいました。
ご主人自身は常に奥様の体調や食事に気をつかっている様子で、「昨日、妻は全部食べることができました」「妻は弁当に彩りがあると喜びます」とうれしそうに話されることもあり、奥様へのやさしさが自然と伝わってきました。
日々の配達では玄関先でほんの短いやりとりを交わすだけでしたが、Aさん夫婦は、静かに互いをいたわりながら暮らしていると感じました。
突然の別れから家の中は張り紙だらけに
しかし、配達を始めて2年目に入ったころ、突然「しばらく弁当を休止したい」と連絡が入りました。何か事情があるのだろうとは思いましたが、その時点で理由はわかりませんでした。
半月ほどして配達再開の依頼をくださったのは、遠方に住む娘さんでした。そのとき、初めて事情を知りました。あのAさんご主人が急逝されていたというのです。穏やかに出迎えてくださっていたご主人の姿を思い出し、言葉を失いました。
その後は、体が不自由な奥様1人分の配達となりました。「玄関から入り奥の居室まで届けてほしい」とのことだったので、中へ上がると、目に飛び込んできたのは、至るところに貼られた張り紙でした。
玄関には「母はこの家で暮らすことを望んでいます。支えてくださる皆さま、ご協力ありがとうございます」、台所へ進むと「弁当は冷蔵庫へ入れてください」「期限切れは処分を」「急須に茶葉を」、居室に入ると、「室温は一定に」「電源の切り忘れに注意」など。ヘルパーさんや介護に関わる人に向けてのメッセージのほか、Aさんの奥様自身へ向けての注意書きも見られました。
一つひとつの言葉から、遠くに住む家族が直接関われないもどかしさの中で、1人暮らしの母親をできる限り支えようとしている必死さが伝わってきました。

