ドキュメンタリー映画『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』をご存じですか? ご覧になったことはありますか?
2024年12月公開になった映画で、2026年5月現在はNetflixほか配信でも観ることができます。端的に言えば、東京にある公立小学校に通う1年生と6年生の学校生活を春夏秋冬にわたって描いたドキュメンタリーなんですが、これが……しみじみと、イイ! お子さんがいらっしゃる方、教育のお仕事に従事されている方はもちろん、日本で小学校を卒業した方、日本で暮らす方働く方……とにかく、万人に観てもらいたいと激しく人にオススメしたくなる作品なんです。実際に私も周囲に薦めたところ、観た人が私と同じ状態になってまた人に薦めて……と、「ネズミ算って、こういうことよね」と、イイものが拡がっていく縮図のようなものを見ています。
映画『小学校〜それは小さな社会〜』
監督・編集:山崎エマ(『モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険』『甲子園;フィールド・オブ・ドリームス』) プロデューサー:エリック・ニアリ 製作・制作:シネリック・クリエイティブ 国際共同製作:NHK 共同制作:Pystymetsä Point du Jour YLE France Télévisions 協力: 世田谷区 世田谷区教育委員会 製作協力:鈍牛倶楽部 配給:ハピネットファントム・スタジオ 宣伝:ミラクルヴォイス 宣伝協力:芽 inc.
2023年/日本・アメリカ・フィンランド・フランス/カラー/99分/5.1ch
イギリス人の父と日本人の母を持つ山崎エマ監督が700時間に及んだ撮影を99分にギュッと濃縮、本作の短編版である『Instruments of a Beating Heart』は、アメリカのアカデミー賞の短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされ、長編は海外でも多数上映され、賞を獲り、話題となりました。監督は大阪の公立小学校を卒業後、中高はインターナショナル・スクールに通い、アメリカの大学へ進学されたのですが「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12 歳になるころには、⽇本の⼦どもは“⽇本⼈”になっている。すなわちそれは、⼩学校が鍵になっているのではないか」と考え、この作品を作ることにしたそうです。公立小学校で1年間カメラを回すなんて、許可取るだけでもとんでもない難易度なのに、それすらもアイデアと情熱でクリア。そんな名作を受けて、新潮社から山崎監督の初の著書『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』が発売されることになりました。これが……映画と合わせて読むと、10倍楽しい! そんなオトナミューズ激推しの著書について、映画のビハインドについて、映画ライターのよしひろまさみちさん(そもそもオトナミューズに本作をオススメしてくれた恩人)が、お話を聞いてくれました。ぜひ、映像作品や著書と共にお楽しみください。
他の人と人生を比べることで自分の環境に気づけたのも大きい
――ドキュメンタリーの2本『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』と短縮版『Instruments of a Beating Heart』はもちろん素晴らしかったんですが、書籍『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』も本当に面白かったです。
山崎 やった! 褒められまくってる。もっと言って下さい!
――まえがきにありましたが、自分語りはお初、なんですよね? そうとは思えなかったですし、超絶ユニークな成長録でした。
山崎 自分語りも本の出版も全く、人生プランにはなかったんですよね。
――いや、これを決めた編集者の目は確かかと。だって、すごい話なんですもん。なんでこれまで著書は考えなかったんです?
山崎 書くことはあまり得意じゃなくて、苦手意識もあったんですよ。それも学生のころから。だから、映像がいい、と思ってやってきたんですよね。本でも振り返ったように、そもそも大阪のおしゃべりな子が、ダンスとかに出会ったことでからだで表現することを覚え、文字など残るような方法ではないやり方をしてきているから、映像に出会ったときに、私が「伝える」方法はこれだ、と思ったんです。作品を作って取材を受けるようになり、取材でしゃべる機会は増えたんですけど、自分で文章化するのはちょっと恐怖があったんですよね。
――こうしてご自身で書いてみてどうでした?
山崎 ドキュメンタリーを作るほうがぜんぜん手間がかかるんですが、なにせ書くのが初めてだから、かなり苦労しました。担当編集者のおかげで形にできた、と思っています。
――出版のお話は、アカデミー賞の後ですか?
山崎 そうです。アカデミー賞のノミネートを受けてから、いろいろなチャンスがありました。この本もそうですし、絵本を出さないか、とか。そこで何をするかしないかを自分なりに考えて選んだのがこの本になります。
――『小学校〜』の制作日記みたいなビハインドストーリー本っていうことも考えられたと思いますが、あえてご自身の人生のストーリーを振り返ることにしたのは?
山崎 『小学校〜』で描くことができなかった部分を文章化するというプランはなかったんですよね。それだったら、むしろ私じゃなくても書けますから。
――ライターさんはもちろんですけど、映像にできなかった小学校の仕組みみたいなところは学者さんや専門家が補完してもらえればいいですものね。
山崎 そうそう。私の人生の軸で、私にしかできない、私だからできる、ということに挑戦しているつもりなんですね。なので、映画を文字としてノンフィクション化するのは全く考えてなかったですし、自分にしかできないことを広げるとしたら、自分のストーリーを今やるのが一番適していると思ったんです。
――実際のところ、テキスト化することで自分でも驚いたことがたくさんあったんじゃないですか?
山崎 そりゃもう! 親にもインタビューしましたし、そもそも文章化するために自分の半生を振り返ることなんてない機会ですからね。頭の中で思い巡らせることはあっても、テキスト化すると「こんなだったっけ、私?」ってことがいくつも。特に最初の20年間くらいの話は、自分自身が感じていたことはあったにせよ、親の思惑は知らなくて。あのときこうした理由、を聞けたのは本当によかったです。
――イギリスの祖父母のところに単身送り出されたところですね。あれ、本でも書いてありますけど、ほぼ武者修行……。
山崎 NY大学では周囲から「親がそんなことをするわけない。それはフィクションだろ」って言われましたから(笑)。
――リサーチしたのは親御さんだけですか?
山崎 中高時代(インターナショナルスクール)の仲のいい友だちと話していたときに、自分の記憶から消していたことをいろいろと気づかされました。いろいろと話を重ねていくことで、やっぱりうちの両親はすごいな、プランがあってやってくれていたんだな、と思ったんですよ。
――本の後半で出てきますよね。山崎さんにやってきたこととそのタイミングも、全てお父様お母様の思惑があった、って。
山崎 そうなんですよね。とくに父は教育者だったからかもしれませんが、私のことを最優先にしながら彼自身の人生を生きていたってことを感じますね。他の人と人生を比べることで自分の環境に気づけたのも大きいですし。そういった意味では、この本を読んでくださった方が、比較対象としていろいろ考えて語っていただきたいなと思ってます。
3歳の息子と私はイギリス英語と日本語、夫とはアメリカ英語!
――じつは私の知人にも山崎さんの幼少期と似たことを経験した人がいまして。同じくイギリスなんですが、わけのわからないまま送り出されて英語教育を受け、日本に帰ってからアイデンティティに苦しんだ、っていう。もちろんその人の親御さんにも思惑があったんですけど、それが分かるのと分からないままとは違いますよね。
山崎 いや、ほんとそうです。私の両親がやってきたことを私もマネしたいんですけど、ぜんぜんできてなくて。どうやってこういう決断をしたんだろう、ってことは、本を書き終えた今でも不思議に思っています。
――ともすると、何かうまくいかないときに親のせいにしちゃいそうなシチュエーションですけど、そうでもなかった?
山崎 なかったんですよ。親のせいにするっていう発想自体がなくて、うまくいかないと感じていた当時は「世界ってこういうもんだ」と思ってたくらいですので。
――この本のためのインタビューじゃ足りなかったでしょ?
山崎 もう追加取材してますよ。息子が生まれた瞬間から(笑)。でも、私にしてくれたことをそのままコピペできないんですよね。うちの息子は3歳なんですが、私とはぜんぜん違いますし、親としての状況も全く違う。コピペできない分、私と夫なりの正解を出さないと、と思いながら子育てしてますよ。
――厳しいですねー。コピペできたら楽なのに。
山崎 そうなんでしょうねー。でも、子どもも親もみんなそれぞれ個性が違いますから。たとえば本に書いた通り、私の場合は父とは英語、母とは日本語、親同士は英語でコミュニケーションをとってましたけど、うちはこれまた違ってて。私と息子は日本語、夫と息子はアメリカ英語でしょ。その時点でイギリス英語だった父とはシチュエーションが違う。それだけでなく、父はけっこうな時間家にいましたけど、夫は出張が多いのでそこまで家にいないんですよ。そうすると、息子には英語が足りなくなってしまったり。
――日本語だけになってしまうと、山崎さんとぜんぜん違いますもんね。
山崎 英語も日本語もネイティブレベルでできる環境があるのに、息子が日本語しかできない、あえて制限をかけているみたいなことになるのはもったいないと思うんですよ。そのために、夫がいないときでも、英語と日本語で話しかけていくようにしたり。うちの両親とはスタンスが違うけど応用しているみたいなかんじで取り組んでます。
――試行錯誤の連続ですね。
山崎 そうそう。それはうちの両親も同じだったとは思いますが、試行錯誤してることを子どもに感じさせなかったのがすごいと思います。私も「今日は日本語ね」みたいなことは言わずに、いろいろ試しています。

