変わっていった言葉と、「だって翔くんも」
それからというもの、行き渋りはぴたりと止まった。
朝も普通に支度をして、学校や学童へ向かう。
あのときの不安が嘘みたいに、穏やかな日常が戻ってきた。
けれど、それ以降少しずつ、違和感が積み重なっていった。
「それ、違うし」
「ちゃんとやってよ」
ふとした瞬間に出てくる、きつい言い方。
最初は、気のせいかと思った。
でも、それは一度きりじゃなかった。
「だからさ、遅いんだって」
「何回言えばわかるの?」
以前の悠真なら、言わなかったはずの言葉。
そのたびに「そんな言い方しないよ」と注意する。
すると悠真は、不満そうな顔をしてこう言うのだ。
「えー、別にいいじゃん」
まるで、それが当たり前かのように。
ある日、あまりにも言い方がきつくて、私は思わず強く叱った。
「悠真、その言い方はダメでしょ!」
少し声を荒げてしまった私に、悠真は驚いた顔をした。
でも次の瞬間、返ってきた言葉に、私は息を呑む。
「だって、翔くんも言ってたし」
その一言で、すべてが繋がった気がした。
仲良くなった、と思っていたあの関係。
でも本当は...
「それ、よくない言い方だよ」
そう伝えても、悠真は納得していない様子だった。
「みんな言ってるよ?」
当たり前のように言い返してくる。
その姿に、言葉が詰まった。
あのとき感じた、小さな違和感。
見過ごしてしまった変化。
「仲良くなった」という言葉に、安心してしまった自分。
今思えば、それは“安心”じゃなかったのかもしれない。
ただ、問題が形を変えただけだったのかもしれない。
そして今、その違和感がはっきりとした“問題”として、目の前に現れている。
私は、何を間違えたのだろう。
そう考えながらも、まだ答えは見つからないままだった。
あとがき:“仲良くなった”の裏側にあるもの
子ども同士の関係は、ときに大人の想像以上に複雑です。「仲良くなった」という言葉の裏側に、どんな力関係や心理があるのか。それを見極めるのは簡単ではありません。
本作では、“守られる側”だった子どもが、なぜ“加わる側”へと変わってしまうのか、その過程に焦点を当てています。違和感に気づいたとき、親としてどう向き合うのか。次回は、その核心にさらに近づいていきます。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています。
記事作成: tenkyu_writing
(配信元: ママリ)

