プロテスタント国家オランダで生きるには?
ヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》, Public domain, via Wikimedia Commons.
神話や聖書を題材に、絵を描き始めたフェルメール。しかしここで、ある問題が発生しました。というのも、当時のオランダはガチガチのプロテスタント国家だったのです。
プロテスタントはカトリックを批判する形で生まれた教派で、偶像崇拝を固く禁止していました。キリストを人間の姿で描いた絵画などは受け入れられません。
また、17世紀オランダでは商業が発達し、市民たちがお金を持つようになってきました。彼らが求めたのは、同じ身分の市民の暮らしや身近な風景を描いた絵画。しかも、家に飾れる小さめのサイズです。
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
こうした背景があり、宗教画や神話画はオランダでは売れない状況にありました。現実問題として、フェルメールがいくら良い宗教画・神話画を描いても、ニーズに合わなければ売れないのです。
あるときから、フェルメールは身近な人の日常生活を描いた絵、すなわち「風俗画」に転向しました。そこには、宗教画・神話画への諦めがあったのではないか……と、考えられないでしょうか?
フェルメールは信仰の絵画を諦めたのか?
ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
風俗画に転向してからは、《牛乳を注ぐ女》をはじめとする傑作を連発。代表作として知られる名画をいくつも完成させました。
ですが、フェルメールは宗教画や神話画を完全に諦めたようには思えません。たとえば、《絵画芸術》を見てみましょう。
ヨハネス・フェルメール《絵画芸術》, Public domain, via Wikimedia Commons.
本作は、歴史の女神クリオに扮した女性をモデルに、画家が絵を描いている場面とされています。女性は名誉と栄光を表す月桂樹の冠を被り、手にはトランペットと書物。トランペットは名声を、書物は歴史を表します。
そして、背中を向ける画家はフェルメール自身ではないか、とも。晩年には借金に苦しんだものの、最後まで手放さなかった作品であり、画家にとって大切な絵画とされています。
ヨハネス・フェルメール《絵画芸術》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
本作は「女神の絵を描く画家を描いた絵」というメタ構造になっており、ちょっと超訳させていただくと、「神話画を描く俺の絵」とも言えます。シャンデリアの飾りにカトリックとの関係を読み取る説もあり、本作は「フェルメールと信仰」を描いた作品とも言えるのです。
当時、絵画にはジャンルによって格付けがあり、1位が宗教画や神話画、2位が肖像画、3位が風俗画という捉え方が美術界の共通認識でした。上位のジャンルほど単純な画力だけでなく、聖書の知識なども求められたからです。
フェルメールは主に3位の風俗画で活躍した画家。しかし本人は、より上位の宗教画や神話画への挑戦を続けたかったのではないか……そんなことも《絵画芸術》から読み取れるのではないでしょうか?
