「どうなりたいか」を選ぶということ
確かに、そうかもしれない。
場の空気を読んで、言葉を選んで、本当の気持ちとは違う行動を取ることだってある。
「ただ」
森下さんは、少しだけ間を置いた。
「その先で、どうするかは別の話なんです」
「……どうするか?」
「誰の側に立つのか。どう振る舞うのか」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「それは、その子自身が決めていくことになります」
その言葉は、厳しいものではなかった。
でも、まっすぐに届いてくる。
「周りに合わせてしまうこと自体を、完全にやめさせるのは難しいかもしれません」
「……はい」
「でも、その中で“どうありたいか”を考えることはできると思うんです」
その言葉を聞いたとき、胸の奥で何かがほどけた気がした。
私はずっと「やめさせなきゃ」と思っていた。
同じことをしないように。
悪いことをしないように。
でも──それだけじゃなかったのかもしれない。
「どう振る舞うか」
「どうなりたいか」
それを、悠真自身が考えていくこと。
「……私、ずっと“やめなさい”しか言えてなかったかもしれません」
小さくそう呟くと、森下さんは穏やかに微笑んだ。
「気づけたことが、大きいと思いますよ」
帰り道。
悠真の手を引きながら、私は考えていた。
この子に、何を伝えるべきなのか。
ただ正しさを押しつけるんじゃなくて。
怖さから逃げるための選択だけでもなくて。
「どうしたいか」を、選べるように。
「どんなふうになりたいか」を、考えられるように。
そのために、私ができることは何か。
まだ答えははっきりしない。
でも、少しだけ、進む方向が見えた気がした。
あとがき:“やめさせる”から“選ばせる”へ
子どもの問題行動に直面したとき、「やめさせること」に意識が向きがちです。しかし本当に大切なのは、その行動の先にある“選択”に目を向けることかもしれません。
本作では、「同調をやめさせる」のではなく、「どう在りたいかを選ばせる」という視点の転換を描いています。親として何を伝えるべきか。そのヒントになる回です。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています。
記事作成: tenkyu_writing
(配信元: ママリ)

